堀辰雄「ルウベンスの偽画」を読んで。
*)2025年9月8日noteに投稿 / 同年10月30日再投稿
堀辰雄と言えば,風立ちぬが有名です。
恋人が肺病を患い,高原の療養施設に入る設定。余命少ない婚約者と長野の山と軽井沢,それに堀辰雄の透明感ある文章。これで切なくないわけがありません。
最近習慣化している「週に1回の趣味の読書」。今回はその堀辰雄の初期作品集をひもときました。

この本の編集は堀辰雄文学記念館,発行が軽井沢町教育委員会です。作品の選者は堀多恵子氏と池内輝雄氏です。
堀辰雄ですぐに連想するのは軽井沢です。この作品集の編集をしている堀辰雄文学記念館も,軽井沢町の追分にあります。
といっても追分は旧軽井沢からは少し離れた所にあります。
2019年,コロナ禍になるほぼ直前ですが,軽井沢駅からしなの鉄道で信濃追分まで足を伸ばし,この記念館に行ってみました。
記念館には堀辰雄が指示した通りに本が並んだ書庫が残されています。

さて,この作品集には堀辰雄の詩や短編がいろいろ収録されていますが,今回は『ルウベンスの偽画』を読みました。理由は単に舞台が浅草ではなく,軽井沢だったからです。作品集の解説によると,堀辰雄には軽井沢・追分の他に,東京の浅草も舞台にしていることが多いとのことです。
小説中に出てくる場所のモデルについて,最初のホテルは万平ホテルで,後は軽井沢銀座,軽井沢郵便局であることはすぐに想像できました。ただ,巨人の椅子とバンガロウについてはよくわからず,ネットで調べてわかりました:
http://tokyo-kurenaidan.com/hori-karuizawa1.htm
どちらもあまり行かないエリアでした。
さて,この小説では,主人公の「彼」が彼の恋人である「彼女」について,「彼」が造り出した理想のイメージと現実の「彼女」との細かい対比がされています。この部分が多分この小説の本筋で,確かに面白く,主人公の思考の過程がこの作品を紡いでいます。
本筋の一つの伏線ですが,名家のお嬢様の話も印象に残りました。
これは優雅さについて,本当の優雅さを持った人が現れると,一見優雅さを持っているかのように見える人の贋が露呈されるという話です。
そして元カレの贋に気づいたお嬢様がいさぎよく本物に乗り換えたことを「彼」はお嬢さんがこの頃になって「自分の境涯を自覚しだした」と理解(?)を示しています。
この部分を読んで,状況は全く異なるものの,新約聖書の次の一句を思い出しました。単なる言葉の連想です:
「完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう」
今回,いくつか調べるうち,堀辰雄が中学生の頃は数学者になりたいと思っていたことを知りました。下記サイト参照:
https://cocodoco-karuizawa.info/hori-tatsuo
世の中には,文人か数学者かを将来の希望として持つ方もおられ,数学者ではなく文人を選ぶ人,また文人ではなく数学者を選ぶ人もいるようです。私などは概ね,後者に分類されるといえるかもしれません。
*)冒頭のタイトル画像は,Adobe Firefly を使って作成したものです。
