暗黒の高校時代

数ヶ月前に書くぞ、と言っていたが正直きつい時期だったので腰が重かった。
だが俺というコンテンツを充実させるにはやっていくしかねえ!
つーわけで今回は高校時代の話。

かなりしんどいことの連続だったように思う。
まず高一での出来事といえば
おばあちゃんの作ってくれた弁当に干物的な魚料理が入っており、教室中が臭くなって大バッシングを食らう(でもおばあちゃん頑張って作ってくれてありがとう)、
運動神経が良いと思い込んでいたため、球技大会のバスケでたまたまクラスが決勝に進出した際に試合中ボールを一回しか触れずトイレで号泣、
その他にも正直全然言いたくないことがたくさんある。

高二では母の影響で、当時若干流行った某ヤ文明の予言に傾倒し、地球が年末で終わるということだったので頑張っていたバドミントン部を「地球が終わるのにこんなことやってらんねえぜ」と退部し、純粋にスピっている高校生となった。
その時期は東京大神宮にぼっちでお参りに行き得体の知れないパワーを感じたり、予言系のサイトを毎日見て、太陽が二つ登って夜が来ないとか年末越えたら選ばれし者は半霊半人になるとかいう話にちょっぴりワクワクしながらも最後の瞬間を待ち焦がれていた。

実際に高二の年末になると、やっぱり何も起こらず「あ、なんか、地球全然終わらないな」と薄々感じ始めたが、「ここまで信じてきたんだから終わってくれ」という気持ちを優先し引き続きぼーっと過ごしていた。それを見かねた父親が「地球が終わらなかったら予備校に行って大学受験をするんだ」と今思えばありがたい助言をしてくれたので、この辺から予備校に通い始める。

そして案の定地球が終わらず、絶望と共に受けた最初のセンター模試(共通テスト的なやつ)で英語が75/200という衝撃の数字を叩き出し、全部1とか選択してるのとほぼ変わらないやんけwみたいな状況から受験勉強が始まった。

正直言ってなんとなく1年頑張ってその時いけそうな大学に行くこともできたのかもしれないが、入った予備校がめちゃめちゃに本気だった。どれくらい本気かというと、この予備校は毎週の小テストで100点を取らないと呼出しを食らう。さらに現役合格保証ということを謳っておりそれが出来なければ翌年の授業料無償というかなりすごいことをやっていたので、現役で絶対行くぞという雰囲気がすごかった。(今思い返せば結果にコミットしてくれる大変ありがたい予備校であったと思う。)

高三になってマジで大学受験とか舐めていたな〜みたいに絶望しながらもなんとか予備校の授業に食らいつき、寝てから起きるまでずっと勉強。風呂場やトイレに英語やら国語やらの文章を貼り付け、今思えば危険だったと思うが通学途中歩きながら英単語帳を開き、もちろん電車の中でも英単語帳を開き、気づけばガリ勉となっていた。通っていた高校はそんなに進学校ではなかったので電車で向かいの席になった、顔は見たことあるが喋ったことはない野球部の同級生に小声で「キモッ」と言われたが俺はそれが気持ち良く感じるくらいには前向きだった。

夏休みには気合を入れるために坊主にし、それに対して若干苦笑があったが、マジな俺ってかっこいいだろと思っていたし、文化祭にも一切参加せず粛々と勉強を行った。

結果的にセンター試験本番では165/200というそこそこの結果を繰り出し、無事志望校に合格。
卒業する頃には友達は0となっており
確かクラスで先生が最後に挨拶するとかのやつは参加せずに学校を飛び出して帰ってたような気がする。

こんな高校時代を送っておいて大学は楽しくやるしかねえぜと思っていたので続きはまた今度。

てか生まれてからずっと変な状況だな…


ということで読んだみなさんにはそれ相応の対価を要求させていただき、、、 いや一方で現段階で俺の人生経験から何かを得られることなんてそんなにないような気はするのだが、今後そうなっていけばいいなと思うのでよかったら応援してほしい。
みんな、よかったら和田への募金(チップ)↓もよろしくお願いします。



いいなと思ったら応援しよう!