見出し画像

XGを信じるということ

XGについて考えていると、不思議に思うことがある。
なぜALPHAZは、こんなにもXGを人に勧めたくなるのだろうか。

SNSで楽曲を紹介する。
ライブ映像を共有する。
友人に勧める。
YouTubeのリアクション動画にリクエストを送る。
時には課金をしてでも、XGを聴いてもらおうとする。 

もちろん、どのファンダムにも似たような行動はある。
しかしALPHAZには、少し独特な熱量があるように感じる。 

それは単なる応援ではない。
「知ってほしい」という気持ちに近い。
なぜそうなるのだろうか。

私はもともとK-POPのファンではなかった。
XGとの出会いも、K-POPを追いかけた結果ではない。
Spotifyで偶然「New Dance」を聴いたことが始まりだった。
そして気づけば、ここまで来ていた。

振り返ると、同じような人はALPHAZの中に少なくないように思う。

K-POPをほとんど聴いてこなかった人
ガールズグループに興味がなかった人
韓国の音楽シーンを追っていなかった人

そんな人たちが、なぜかXGには惹かれている。

だから私たちは信じている。
K-POPに興味がない人にも、XGは届くかもしれないと。

なぜなら、自分自身がその証拠だからだ。

興味深いのは、XGには入口が一つではないことである。

HIPHOPから入る人がいる
R&Bから入る人がいる
ボーカルに惹かれる人がいる
ダンスに魅了される人がいる
ライブで心を動かされる人もいれば、ドキュメンタリーで惹かれる人もいる

だからALPHAZは諦めが悪い。 

一曲が刺さらなくても、
「じゃあ、この曲はどうだろう」
と思う。

一つの動画が響かなくても、
「こっちなら伝わるかもしれない」
と思う。

それは押し付けではない。
その人にとっての入口が、どこかにあると信じているからだ。

YouTubeのリアクション動画を見ていると、その姿勢をよく感じる。

ALPHAZがリクエストを送り、リアクターがXGを初めて聴く。
そして驚く。

「思っていたのと違う」
「ラップがすごい」
「ボーカルが本格的だ」
「これは本当にK-POPなのか」

そんな反応が何度も繰り返される。
特に面白いのは、その相手が必ずしもK-POPファンではないことだ。

HIPHOP好き
R&B好き
音楽プロデューサー
ボーカルコーチ
ダンサー

異なる音楽コミュニティの人たちがXGに出会い、評価していく。

私はこの光景が好きだ。
なぜなら、その瞬間に一つのレッテルが剥がれているからである。

XGには様々なレッテルが貼られている。 

K-POP
アイドル
若者向け

もちろん、それらは完全な間違いではない。

人は知らないものを理解するとき、既存のカテゴリーに当てはめる。
それは自然なことだ。

しかし、そのレッテルが興味の入口を閉ざしてしまうこともある。

「K-POPは聴かないから」
「アイドルは興味ないから」 

そうして、一曲も聴かれることなく終わってしまう。

だが実際には、一曲聴くだけで印象が変わることもある。
一つのライブ映像を見るだけで見方が変わることもある。

レッテルは説明で剥がれるのではない。
体験によって剥がれる。 

だからALPHAZは、まず聴いてほしい、観てほしいと思うのかもしれない。

一方で、XGALX自身も同じことを考えているように見える。

振り返ると、XGが出演してきた場所には共通点がある。

The First Take
The Voice
Coachella
Capital's Summertime Ball
Billboard
Rolling Stone

どれも音楽やパフォーマンスそのものが評価される場所であり、多くは後から見返せる形で残っている。

私はこれが偶然だとは思わない。

その場で全員をファンにする必要はない。
ただ、「あのグループ気になったな」と思う人を増やす。
そして後から検索し、もう一歩深く入ってもらう。
そんな導線を作っているように見える。

認知を広げる方法はいくらでもある。
しかしXGALXは、XGの価値を安売りする道を選ばなかった。
音楽とパフォーマンスで評価される場所に立ち続ける。
その姿勢こそが、今のXGの価値を作っているように思う。

そして、その姿勢の根底には、先人たちへのリスペクトもあるように感じる。
XGのインタビューや選曲を見ていると、90年代から2000年代のR&BやHIPHOPへの敬意が繰り返し語られる。

彼女たちは突然現れたわけではない。
過去の音楽から学び、その歴史の上に自分たちの表現を積み上げている。
だからこそ、ただ流行を追いかけるのではなく、自分たちが信じる音楽を追求する。

そこには「誰かより上に行く」という競争とは少し違う価値観があるように思う。

私は時々、なぜALPHAZがこれほどXGを広めようとするのか考える。

もちろん音楽が好きだからという理由もある。
パフォーマンスが好きだからという理由もある。

しかし、それだけではない気がする。

XGは誰かと比較しない。
流行を追いかけない。
周囲の声に振り回されない。

自分たちが信じる道を、自分たちのペースで進んでいる。
そしてその道は、過去の音楽への敬意の上に築かれている。

私たちは、その姿勢に共鳴しているのではないだろうか。

ALPHAZという名前には、「それぞれがリーダーである」という意味が込められている。
リーダーとは、大勢を率いる人だけではない。
一人に伝える人でもある。 

一曲を勧める。
ライブ映像を共有する。
リアクション動画をリクエストする。

その小さな行動が、新しいコミュニティとの接点になる。
そして、その先にまた新しい共鳴が生まれる。

XGはまだ4年目のグループである。
だから正直、私は時々もどかしくなる。

もっと多くの人に届いてほしい。
もっと早く知られてほしい。

そう思うこともある。

しかし同時に、焦る必要もないのかもしれないと思う。

XGはこれまでも、自分たちの道を疑わずに歩いてきた。
そして少しずつ、その輪を広げてきた。
もし私たちにできることがあるとすれば、その歩みを後押しすることだろう。

一人に伝える。
一人に届ける。

その積み重ねが、やがて大きな共鳴になると信じている。

そしていつの日か、XGが目指している景色――グラミーのような大きな舞台に辿り着く瞬間を見てみたい。

その時、私たちはただ結果を祝うのではない。
彼女たちが信じ続けた道のりそのものを祝福するのだと思う。


XGを見ながら考えたことの記録
▶「Xtraordinary Genes」を読む


この記事が参加している募集