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XGはなぜ世代を超えて響くのか 〜「知らなくても楽しい、知るほど深い」音楽体験〜

XGのファンの投稿を見ていると、ある特徴に気づく。

これまでK-POPをほとんど聴いてこなかった人。
ファンクラブに入ったことがなかった人。
長く音楽を聴いてきた人。 

そんな人たちが、XGをきっかけに新しい音楽体験を始めている。

なぜXGは、これほど幅広い世代に届くのだろうか。 

その理由の一つは、XGの作品が「知らなくても楽しめる」だけではなく、「知るほど深く楽しめる」作りになっているからだと思う。

入口はシンプルに「曲がいい」

XGに興味を持つきっかけは、人によって違う。

ビジュアルから入る人もいる。
パフォーマンスに惹かれる人もいる。

でも、最終的に多くの人を引きつけるのは、楽曲そのものの強さではないだろうか。

ジャンルの知識がなくても、
細かな背景を知らなくても、
まず「この曲、かっこいい」と感じられる。

これは当たり前のようで、実は大きな強みだと思う。

音楽を長く聴いてきた人ほど、流行だけではなく、曲そのものの魅力にも敏感になる。
XGは、最初の入口から音楽として成立している。

知る人には刺さる、音楽的な遊び心

一方で、XGの楽曲には、深く聴くほど発見がある。

歌詞や表現には、過去の音楽文化へのリスペクトを感じる部分がある。

特に2000年代前後の音楽をリアルタイムで経験してきた人には、
「この雰囲気はあの時代の音楽を感じる」
「この表現には、こういう背景があるのかもしれない」
という楽しみ方ができる。

いわゆる「IYKYK(If You Know, You Know)」の感覚。

知らない人でも作品として楽しめる。
でも、知っている人には、さらに奥にある意味が見えてくる。

懐かしさではなく、現在の音楽として届ける力

ただ、過去の音楽要素を取り入れることは簡単ではない。
一歩間違えれば、単なる懐古や「昔っぽい曲」になってしまう。

だからこそ、XGのプロデュースの面白さがあると思う。

過去の音楽への理解があるからこそ、
現代の音作りや表現方法に落とし込める。

昔の良さをそのまま再現するのではなく、
今のリスナーが自然に受け取れる形へ変換している。

だから、若い世代には新鮮に響き、
当時を知る世代には深いところで刺さる。

曲と映像が同じ世界を向いている

音楽作品では、曲と映像の相性も大きな要素になる。

曲は好きだけど、MVを見ると少し違和感がある。
逆に、映像は魅力的だけど、曲単体では印象が変わる。
そう感じる作品もある。

漫画の実写化や、作品のアニメ化でも同じようなことが起こる。
原作が持っていた空気感が、映像になった時に変わってしまうことがある。

XGの場合、楽曲が持つ世界観と映像表現が一貫している。
だから、曲を聴いた時の感覚が、MVを見ることでさらに強くなる。

解釈の余白が、世代を越える

さらにXGの歌詞には、受け手によって意味が変わる余白がある。

例えば「IS THIS LOVE」。

恋愛の曲として聴くこともできる。
でも、大切な人への愛として考えれば、
家族愛にも、友情にも、そしてファンとの関係にも重ねられる。

歌詞が一つの答えを押し付けないからこそ、
聴く人自身の経験が作品に重なっていく。

同じ曲でも、聴くタイミングや人生経験によって感じ方が変わる。

XGが作っている音楽体験

XGの魅力は、特定の世代だけに向けたものではないと思う。

若い世代には、新しい音楽として届く。
音楽を長く聴いてきた人には、背景や引用を含めた深い楽しみ方ができる。

知らなくても楽しい。
知ればもっと深い。

その両方を成立させているからこそ、XGは世代を超えて響いているのかもしれない。

そして、その幅広い受け取り方こそが、XGという作品の大きな魅力なのだと思う。


XGを見ながら考えたことの記録
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