XGが引き起こす摩擦
XGについて語るとき、避けて通れないものがある。
それは賞賛ではない。
反発だ。
もちろん、人気のあるアーティストであれば批判的な意見が存在するのは珍しいことではない。
しかしXGに向けられる反発には、ときどき単なる好き嫌いを超えた強い感情を感じることがある。
なぜだろうか。
私はその理由の一つが、XGという存在が「境界」を越えていることにあるのではないかと思っている。
XGはHIPHOPを取り入れる。
R&Bを取り入れる。
PopやDance Musicも取り入れる。
日本人グループでありながら、活動の舞台は世界を前提としている。
K-POPの文脈で語られることもあれば、そうではない場所で評価されることもある。
音楽だけではない。
ファッション、アート、映像、スポーツ、ゲーム。
彼女たちは様々なカルチャーと接続しながら活動している。
だが、本来、人は境界線を好む。
これはHIPHOPだ。
これはK-POPだ。
これはJ-POPだ。
これは自分たちのカルチャーだ。
分類することで理解し、安心する。
しかしXGはその境界線の上を歩いている。
だから評価される。
そして同時に反発も生まれる。
自分が大切にしてきたものに、外から誰かが入ってくるように見えることがあるからだ。
その感覚は、ある意味では自然なものだと思う。
長年愛してきた文化がある。
誇りを持ってきたコミュニティがある。
そこへ突然大きな注目を集める存在が現れたとき、警戒心を抱く人がいても不思議ではない。
だから私は、XGに向けられる反発のすべてを悪意だけで説明できるとは思っていない。
むしろ防衛本能に近い感情も含まれているのではないだろうか。
一方で、私が興味深いと思うのは、XGが単に「良いところ取り」をしているようには見えないことだ。
例えばHIPHOPやR&B。
彼女たちはそのスタイルを借りているだけではない。
ルーツとなる音楽を学び、歴史を学び、その文化の中で活動してきたクリエイターたちと共に作品を作っている。
ダンスもそうだ。
ファッションもそうだ。
映像表現もそうだ。
表面的な模倣ではなく、それぞれのカルチャーへの敬意を前提としているように見える。
もちろん、それで全ての人が納得するわけではない。
中には「文化の盗用ではないか」と感じる人もいるだろう。
私はその議論に結論を出せる立場にはない。
しかし、少なくとも彼女たちの活動を追い続けてきた一人として感じるのは、そこにリスペクトが存在するということだ。
だからこそ、多くのクリエイターやアーティストたちがXGに共感し、協力しているのではないかと思う。
興味深いのは、XG自身がこうした反発の存在を十分に理解しているように見えることだ。
彼女たちは作品の中で、否定的な言葉や批判的な視線を何度も描いてきた。
だが、その扱い方は独特だ。
反発を避けようとはしない。
反発に屈しようともしない。
むしろ、それを自らの推進力として取り込んでいるように見える。
だから私は、XGが摩擦を恐れているとは思わない。
境界を越えれば摩擦が生まれる。
それを理解した上で、それでも前に進むことを選んでいるように見える。
興味深いのは、こうした「境界を越える」という考え方が、私個人の解釈だけではないことだ。
XGの所属するXGALXは、自らのコンセプトとして
”A New Breed - Breaking Boundaries”
を掲げている。
私はこの言葉を知ったとき、XGがなぜ様々な場所で摩擦を生みながらも前に進み続けるのかが少し理解できた気がした。
彼女たちにとって境界を越えることは偶然ではない。
最初から、そのために生まれた存在なのかもしれない。
そして私は、その姿勢と「宇宙人」というコンセプトが深く結びついているように感じている。
興味深いのは、XG自身がデビュー当初から自らを「宇宙人」と表現してきたことだ。
もちろん実際の意味ではない。
彼女たちが表現しているのは、特定の国やジャンル、文化の枠組みに収まらない存在としてのアイデンティティなのだと思う。
HIPHOPでもある。
R&Bでもある。
Popでもある。
しかし、そのどれか一つだけではない。
日本でもあり、世界でもある。
だからXGはしばしば分類を拒む。
そして人は、分類できないものに出会うと戸惑う。
それは魅力にもなるし、摩擦にもなる。
私は、XGが引き起こしている摩擦の本質もそこにあるように思う。
背景を知らず、断片的な情報だけで判断している人もいるだろう。
一方で、背景を理解した上でなお受け入れられない人もいるはずだ。
それも無理はない。
新しい存在は、いつだって既存の価値観を揺さぶるからだ。
これまで当たり前だと思っていた境界線を曖昧にする。
分類できない存在として現れる。
そのとき人は戸惑う。
ときには反発する。
歴史を振り返れば、多くの革新的な存在が同じような摩擦を経験してきた。
私はXGもまた、その摩擦の中にいるのだと思う。
だから私は、ヘイトそのものにはあまり興味がない。
興味があるのは、その反発がどこから生まれているのかだ。
もしXGが誰からも反発されない存在だったなら、それは既存の枠組みの中にきれいに収まっている存在だったのかもしれない。
しかし実際にはそうではない。
音楽の境界を越え、カルチャーの境界を越え、人と人との境界まで越えていく。
だから摩擦が生まれる。
そして私は、その摩擦こそがXGという存在の大きさを示しているように思う。
もしかすると、それこそが彼女たちが「宇宙人」である理由なのかもしれない。
地球のどこか一つの場所に属するのではなく、既存の境界線そのものを越えていく存在。
だから理解されないこともある。
だから反発も生まれる。
それでも前へ進む。
その姿は、私にはとてもXGらしく見える。
XGを見ながら考えたことの記録
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