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XGが世界に蒔いた種

XGの楽曲は基本的に英語で歌われている。
 
それでも私は、曲の中に日本語が出てくると少しうれしくなる。

「BENTO」、「SAYONARA」、「SAN, NI, ICHI」、「DOMO ARIGATO」、「TOKYO」、「OKINAWA」、「GOJIRA」

ほんの一言なのに、なぜか親近感を覚える。
まるで、世界に向けて開かれた作品の中に、自分たちの居場所を見つけたような気持ちになるのだ。

そして、ライブではその感覚がさらに強くなる。
英語の歌詞を完璧に歌えなくても、日本語のフレーズが流れると自然と声が出る。
会場全体が一緒に歌い、一体感が生まれる。
あの瞬間に感じる喜びは、単に言葉を知っているからではない。
自分たちの文化が作品の中に息づいていることを感じるからなのかもしれない。 

そして、その感覚は世界中のファンも同じなのだろう。
XGは英語を共通言語としながら、それぞれの文化への小さな入口を作品の中に残している。

XGの楽曲には
韓国語、スペイン語、フランス語など、
さまざまな言語が散りばめられている。

音楽面でもHIPHOP、R&B、UK Garage、Vogueなど、世界中のカルチャーが自然に取り入れられている。

おそらくスペイン語圏のファンはスペイン語に反応し、フランス語圏のファンはフランス語に親しみを感じる。
そして英語圏のリスナーは、数々の音楽的・文化的リファレンスの中に自分たちとの接点を見つけるのだろう。

XGの作品には、世界中の人が「自分とのつながり」を発見できる余白がある。
それが、彼女たちが世界中で親近感を生み出している理由の一つなのかもしれない。

興味深いのは、その一方でXGが自分たちのルーツを忘れていないことだ。

例えばMVを振り返るだけでも、日本文化へのリファレンスは数多く見つかる。

「SHOOTING STAR」ではセーラームーンを連想させる演出。
「HOWLING」ではアニメ「もののけ姫」へのオマージュと、ヒロインのサンを連想させる衣装。
「SOMETHING AIN'T RIGHT」では「今際の国のアリス」と同じ渋谷スクランブル交差点のセット。
「IYKYK」では畳や襖、漢字が登場し、日本的な空間が印象的に描かれている。
また、XG TAPE #3-Bで披露された「Nothin'」では、COCONAが大谷翔平選手のエンゼルス時代のユニフォームを着用していた。

作品を見渡すと、日本の文化は確かに存在している。
しかし、それは決して「日本らしさ」を売り込むための演出には見えない。
むしろ、自分たちの中に自然に存在する文化として置かれている。

だから私は時々、これらを「日本を忘れていないサイン」のように感じる。
世界へ向かいながらも、自分たちがどこから来たのかは忘れていない。
そんなメッセージが、作品の端々から伝わってくる気がするのだ。 

そしてもう一つ、XGの特徴だと思うのは、それぞれの文化に対する敬意である。

異なる文化を作品に取り入れることは簡単ではない。
表面的な引用だけなら、商業的な利用や文化の盗用と受け取られることもある。
特にHIPHOPやR&Bのような文化は、その背景や歴史への理解が問われる。

しかしXGから感じるのは、そうした軽さではない。
彼女たちはデビュー前から長い時間をかけてHIPHOPやR&Bを学び、その文化への理解を深めてきた。
だから作品からは、「利用する」というよりも、「学び、敬意を払い、そして表現する」という姿勢が感じられる。

日本文化への向き合い方も同じだ。
TOKYOやGOJIRAを入れることも、畳や襖を映すことも、世界戦略だけを考えれば必須ではない。
それでも作品の中に存在しているのは、自分たちのルーツへの自然な愛着があるからなのだろう。

だから世界中のファンもまた、
「自分たちの文化が使われた」
のではなく、
「自分たちの文化を理解しようとしてくれている」
と感じるのかもしれない。 

もちろん、この道は簡単ではない。

日本人7人組が韓国で育成され、全曲英語で歌い、世界市場を目指す。

そこには様々な反発や疑問の声があったはずだ。

なぜ日本語で歌わないのか。
なぜ韓国を拠点にするのか。
HIPHOPやR&Bを本当に理解しているのか。
英語圏で受け入れられるのか。

そのすべてを、彼女たちは最初から分かっていたと思う。
それでも、この道を選んだ。

日本で圧倒的な人気を獲得してから世界へ向かうのではなく、最初から世界で勝負する道を選んだのである。

日本での成功という安心材料に頼らない。
逃げ道を用意しない。
だからこそ、XGは新たな日本からの先駆者でもあった。

日本語のまま世界へ挑むアーティストとは異なる道。
しかし、日本を捨てるのでもなく、世界の文化を尊重しながら、自らをグローバルな土俵へ置く道。

XGは、その前例の少ない挑戦を切り開いてきた。
日本というルーツを持ちながら、世界中の文化に敬意を払い、そのすべてを自分たちの表現へと昇華している。

そして、どこか一つの国だけに依存するのではなく、世界中に種を蒔いている。

ロサンゼルスに、ロンドンに、パリに、サンパウロに、そして東京に。

その種は少しずつ芽吹き始めている。 

XGの歩みは、従来のJ-POPの海外進出とも、K-POPの成功モデルとも少し違う。

だからこそ再現は簡単ではない。
このレベルで世界に挑むには、長い準備期間と高い実力、そして何より覚悟が必要だからだ。

それでも私は期待している。 

世界中に蒔かれたその種が、それぞれの土地で大きく育ち、いつか一斉に花を咲かせる日を。
異なる文化や言語を越えて生まれたその花が、世界中でつながる景色を見てみたい。


XGを見ながら考えたことの記録
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