ぽかぽかの涙
僕はどちらかというと泣き上戸である。
けど、最近の涙は昔と比べてちょっと違う感じなんだよね。まあ、あくまでなんとなくなんだけどさ。
そんな泣き上戸な僕はついさっきも泣いたばかりだ。
まあ、仕事中だったので、あくまで心で泣いただけだけど。
で、突然、話は変わるけど、昔、僕は技術書や学術書を和訳するのを趣味にしていた。内容はその時の自分の仕事に関わるものだったけど、あくまで趣味だったから、誰に見せることなく、業務時間外に一人でシコシコ訳していた。
そんなある日、翻訳した文書を会社のコピー機で印刷していたら、当時の職場の部長がたまたまその姿を目ざとく見つけて、
「え?何これ?なんか面白そうなことしてんじゃん」
と話しかけて来た。
そして、それがきっかけで、僕の趣味の翻訳は、なんとその5年後にとても立派な翻訳書として社内出版された(発行部数は1000部!)。
しかも、なんか今、思うとものすごい額の翻訳料までいただいた。
出版社との権利関係の交渉とか全部、僕がやることになって、出版までに割と大変なことがたくさんあったとはいえ、瓢箪から駒とはまさにこのことだよね。
そして、別にそれに味を占めたわけじゃないけど、その後も別の専門書を3年かけてまるっと一冊訳して、それを窓口の部署の担当課長に「またこんなの訳したので、もし他にネタがなくて興味があれば、活用してくださいね」と言って渡したのが今から7年前。
それから、僕もふと思い出した時に何度か状況を確認してみたのだけど、まったくアクションを起こしている様子は見られず、なんだか塩漬けにされてしまってるな~と残念な気持ちになっていた。
そしたら、先日、担当部署の新しいマネージャーと担当者から「この件で話があるから、打合せをしたい」という話が突然、舞い込んできた。
そして、さっきまでリモートで彼らと打合せをしていたというわけ。
これまでのことがあったから僕はあまり期待せずに彼らの話を聞いていたのだけれど、マネージャーの人の発言が思った以上にしっかりしていたので、話を聞きながら、この人になら自分の本音を言うべきだな、と考えるようになっていた。
僕からこれまでの経緯を聞いた後、彼はまず
「こんなに大変な労力をかけたものをこれまでずっと宙ぶらりんの状態にしてしまって、申し訳なかった。」
と謝罪した。
そして、「今回、書籍化の可否についてしっかり結論を出して、その結果を報告したい。」と約束してくれた。
さらに「もし社内出版が決まった場合には、以前の様な金額の謝礼は払えないけれども、その努力に報いるためにちゃんと謝礼は支払いたい。」と言ってくれた。
まぁ、何度も言うけど、これはあくまで僕が趣味でやってきたことだから、謝礼の額なんかは本当にどうでもよかった。
僕が今回、何よりも嬉しかったのは、彼が
「400ページにも及ぶ専門書を一人で翻訳する」
ことの大変さをちゃんと理解してくれて、そんな僕に対してきちんと敬意を表してくれたことである。

正直、努力の大変さというのは本当に努力した人にしか分からないから、彼はきっと信頼できる人だな、と思った。
だから、僕は彼に向って、ずっと心の中に秘めていた僕の翻訳にかける思いを告白した。
「初めて工場に配属されたとき、社員が自分達で持ち寄って自発的に翻訳した技術書がたくさんあったのを見て、「さすが技術の〇〇だ」と思って感動したんです。残念ながらいつしかその伝統の灯は消えてしまいましたが、間違いなくあのときの感動が、僕がこれまで地道に翻訳してきた原動力になっています。だから、僕の翻訳が出版されるかどうかはともかくとして、できればその伝統が復活するように努めてください。」
その言葉に対して、マネージャーの彼は力強く
「僕もそうしようと思っていたところです。」
と答えてくれた。
この一連のやり取りの中で、なんだか久しぶりに会社の中で血の通った人と対話が出来たような気がして、それが何とも嬉しくて気づいたら僕は泣いていた(もちろん心の中でだけど)。
そして、それはなんだかあたたかくてぽかぽかした涙だった。
しかし、これが色々あって僕が転職しようと考え始めた数日後の出来事というのがまた面白いよね。
でも、いいところが決まったら、もちろん速攻で辞めるけどね!
〈おしまいける〉
気分がいいから今日はこんな感じで踊りながら家に帰ろうかな。
