『スタンド・バイ・ミー』をもう一度
「これは間違いなく必要なものになるので、僕たちがいなくなったときのことも考えて、準備をしておきましょう」
会議室のテーブル越しに、青い作業着姿の男性が僕にそう告げた瞬間、ほとんど止まりかけていた背中のネジが、かすかに巻き戻るような感覚があった。
昨日の15時頃のことだ。しかし、その感覚の起点は、さらに30時間ほど前に遡る。
あの日の朝、僕は行き先も決めず家を出た。気がつけば、いつもの駅前のカフェに座り、ある人への返事の手紙を何度も書き直していた。内容がどうしても沈んでしまい、紙くずだけが増えていった。昼を過ぎたところで諦め、気分転換にカラオケへ向かった。
そこで英語曲だけを歌う一人カラオケを始め、ついでにスタエフのライブ配信も始めた。すると二人のオーディエンスが来てくれた。ともに、このnoteで知り合った人たちだ。
音程も発音も崩れた“英語縛りジャイアンリサイタル”に、彼らは最後まで付き合ってくれた。
その前日までの僕にとって、人間は、陽だまりよりも、冷たい風や雨に近い存在だった。とくに、来年度の国語教科書に載りそうなほど模範的なクソリプをもらったばかりで、その感覚は強まっていた。どんなに泣き叫んでも誰も立ち止まらない――そんな他人へのあきらめが、自分の中で固まり始めていた。
だが、このときは、明らかに違った。つたない歌声にも、ふざけた企画にも、時々、涙ぐむみっともない姿すら見せても、二人は引くことなく、ずっとそばにいてくれた。その事実が、小さいながらも確かな熱となって、冷え切っていた僕の心をじわじわと温めた。
僕以外誰もいないカラオケの一室で、気づけば、また肺の奥まで深く呼吸が出来ている自分がいた。
そして翌日、職場での冒頭の一言を聞いた瞬間、止まりかけていた時計の針が、もう一度動き出した。
その軽い奇跡に少々面喰いながら、
人を殺すのも人を生かすのも等しく人なのだ
という当たり前に僕は改めて気が付いた。
と同時に、こうも思った。
だとしたら、僕は、出来るだけ人を生かす人になりたい
仕事でもプライベートでも、そして、何より愛する人たちに対して。
本当に出来るかどうかは、今は、あまり深く考えずにおこう。まずは、自分の心の中に確かに芽生えた、この素朴な気持ちを大切にしたい。
そう思えた今なら、あの人への返事の続きを、ようやく書けそうな気がしている。
