愛サレンダーから、愛スルンダーへ
「この新商品のビアサラミ、きっと好きだろうな」
「このお刺身、食べたら“めちゃくちゃ美味しい”って言うだろうな」
コンビニで買い物をするときも、誰かと外食をしているときも、
気づけばいつだって、自分より先にその人のことを考えている。
そんな自分が、ときどき不思議になる。
だって若い頃の僕は、他人のことよりとにかく自分のことが大事で、
誰かを愛するより先に「愛されたい」とばかり願っていた、
典型的な“愛サレンダー(I surrender)”だったからだ。
それが今では、自分のことを差し置いてでも
誰かの笑顔を見たくてたまらない“愛スルンダー”になっていた。
おかげで今、僕は本当に幸せだ。
たまに「こんな幸せなヤツ、いないんじゃね?」と思うくらいに。
ちなみに、その“愛する誰か”とは、もちろん息子のことである。
今から十二年前、彼が僕たちのもとにやってきたとき、
妻とふたりで「神様からの贈り物だね」と言い合った。
その気持ちは、年を重ねるごとにむしろ強くなっている。
とはいえ、いわゆる“育てやすい子”では全然なかった。
赤ちゃんのころから、何がそんなに悲しいのか、ずっと泣き叫び、
夜は眠れず、外食にも行けなかった。
小学生になってからは、同い年の子よりもずっと大人びてしまい、
うまく周囲に馴染めずに、小三からはほとんど学校に通えなくなった。おかげで漢字はほとんど書けないし、世界地図も分からない。
それでも僕も妻も、いまだに時々、
「どうしてこんなに素敵な子が、僕たちのところに来てくれたんだろうね」
と笑い合っている。
単なる親バカ丸出しに見えるだろうけど、
これだけは断言できる。
実際に彼に会えば、みんなきっと「だよねー」と激しくうなづくだろう、と。
――じゅうぶん親バカ丸出しだったね(苦笑)。
それにしても、君と出会ってから、ありえないくらい笑ったし、
ありえないくらい泣いた。
その涙の温かさで、氷のように冷えきっていた僕の心はどんどん溶けていったんだ。
そんな僕のいちばんの願いは、もちろん――
彼が幸せな一生を送ること。
そして願わくば、その幸せの過程をずっと見ていたい。
彼が愛する人と出会い、愛の結晶が生まれ、
やがて孫が生まれるところまで。
けれど、年を取ってから生まれた子だから、
きっとその願いは叶わないかもしれない。
それでも、せめて――結婚式には参加したい。
というのも、そこでビートルズの「イン・マイ・ライフ」を
彼のドラム演奏をバックに歌うのが、僕の密かな夢だからだ。
このジョン・レノンが書いたと言われる歌は、
まさに“愛サレンダー”だった一人の青年が
さまざまな人との出会いを経て、閉ざした心を開き、
最後には本当の“愛スルンダー”になる物語だと思うからだ。
だから、最後の歌詞は――
後ろを振り向いて、ちゃんと君に向かって贈るつもりだ。
僕はこの人生で、もっともっと君を愛するだろう。
