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soundws
noteは街だ、と人は言うけれど…
「noteは、街だ」
そんなことを誰かが言っていた。
確かに、たくさんの人が交流する場所という意味では、そうかもしれない。
しかもユーザー登録数が公称1000万人だから、規模的にはただの街というより、もはや東京に匹敵するメガシティだ。
さらにSNS界のゴッサムシティことXに比べると、不意に誰かから唾や痰も吐かれない、火炎瓶も転がっていないこの街は、とてもおだやかでクリーンだ。
僕の中のイメージとしては新海誠の映画に出てくるような街。
けど、よく見ると、その青空が広がり緑がちょうどいい具合に散らばったキラキラと輝く街の風景は、大きな書き割りだということに気がつく。
さらにその書き割りに顔を近づけると、その看板の絵は無数の小さな文字で書かれていることが分かる。
その文字は、もちろん僕たちnoterが書いたものである。
つまり、この美しい街は、僕たちの「言葉」で出来ている。
そんな街で僕たちが出会っているのは、人そのものではなく、その人の言葉、それも一部分に過ぎないのだろう。
実際、僕自身、
自分はこう見られたい
という言葉しか使ってないことがある。
そんなのみんなに言わせれば、きっと当たり前の話なのかもしれない。でも、僕は時々、その事実を忘れてしまう。
目の前の言葉をその人そのものだと勘違いしてしまうのだ。
その結果、不必要に誰かを傷つけたり、逆に傷ついてしまうことがあった。
だから、僕は、たまに思い出すようにしている。
noteは、街だ
ただ、それは、
僕たちの言葉だけで作られた街
だということを。
そして、僕は、今日もその表面をやさしくなでるようにこの街を歩く。
書き割りの向こう側まで見えた気になって、勢いよく突き破ってしまわないように。
