◯◯の大きな男
あるとても素敵な文章を書くエッセイストさんがいる。
その独特の魅力的な文体でたくさんの人を魅了してやまない彼女だけど、個人的に僕が彼女のいちばんの魅力だと(勝手に)思っているのは、
文章がオネスティ(正直)
だということだ。
日常の出来事に対して反応する自らの心の機微(ゆらぎ)をとても丁寧に綴っている彼女の言葉に触れると、この僕らの誰からも注目も賞賛もされない平凡な日々がとたんにドラマティックなものの様に感じられて、もっと大切にしないとな、と気付かされるのだ。
と同時に、どこかで他人の視線を気にして、自分の生活のいい部分だけ切り取って、他人に嫌われないような文章を書いている自分に気づいて愕然とし、背筋がシュッ!と伸びるような気持ちにもなる。
そして、そんな令和のビリー・ジョエルな彼女だからこそある残念な振る舞いをした男性に対して、
◯◯の小さな男
というフレーズがまるで口笛を吹くみたいに軽やかに出てくるのかもしれない。
そして、この彼女のエッセイを読んだ読者の中で、おそらく僕がいちばんこの言葉に反応したと自負している。
というのも、お医者さんいわく「加齢に伴う体質変化」のせいで、今の僕は逆に
◯◯の大きな男
になっているからだ。
なぜか左側だけなのだけど、水が溜まってしまって野球の硬式球くらいの大きさまでパンパンに膨れ上がっているのだ。
そして、そのせいかどうかは分からないけれど、最近の僕はちょっと気が大きくなって、割と気前もいいオジサンになっている。
だから、ひょっとすると、そんな僕のことを、この地球上のどこかで
「N.O.T.Eさんって◯◯の大きな男ですよね」
って噂している人がいるかもしれない。
そして、それを想像すると、嬉しさ以上に、笑いが込み上げてきて仕方がない自分がいるのだった。
追伸
昨日、病院で針を刺して溜まっていた水を抜いてもらったので、今は無事、いつもの
◯◯の小さな男
に戻りましたとさ。
