バスク地方① 巡礼の宿場町サン・ジャン・ピエ・ド・ポール
フランスとスペインの国境、ピレネー山脈の両側、その北側の大西洋に向かった地域がバスク地方である。フランスとスペインの双方にまたがる。今回はフランス側のみ。
司馬遼太郎の「街道をゆく」22巻、「南蛮の道1」は、フランシスコ・ザビエルの足跡を辿ってバスクに行く話だ。司馬遼太郎が訪れたのは1982年9-10月、もう40年以上前となる。連載は1983年1-8月だ。
本に出てくる、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道におけるピレネー山麓の宿場町、サン・ジャン・ピエ・ド・ポールに行ってみた。ピエ・ド・ポールは峠の麓という意味なので、以下サン・ジャンと記す。バスク語ではドニバネ・ガラシというらしい。標高は200メートル程でそれほどではない。山の麓だ。
電車が1日2-3便しかなく、もともと滞在時間4時間の予定が、途中で2時間半も電車が遅れて乗り継げず、結局滞在時間は1時間になってしまった。





スペイン北西部のサンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼の道。パリ、ヴェズレー、ル・ピュイからの3本の道が、ピレネーで一つになるところに、サン・ジャンがある。中世はナバロ王国であった。サン・ジャンは、ニヴ川沿いにあり、川から丘に登る形でメインストリートが続く。巡礼宿がある。









このあたりの風習なのか、建物の玄関上に、建てられた年と名前が書いてある。「街道をゆく」にでてきたフランシスコ・ザビエルの先祖が住んでいた家を発見した。ナバラ門の近くだった。同じく「街道をゆく」に出て来るカンドウ神父の生家は、本の描写から、その隣の建物と思われる。













城壁外に進んでいくと、スペイン門がある。ここから、巡礼者たちは、ピレネーの峠を越えて、スペインに向かって行く。



