鉢を分ける、余白をまとう
ベランダの鉢で、ヤグルマギクとナスタチウムが一緒に芽を吹きだした。
まだ小さな双葉のころ、私はそれらを別々の鉢へとそっと分けた。
ひとつの場所にすべてを詰め込むのをやめて、それぞれの命がのびのびと根を張れるだけの「ゆとり」を手渡したのだ。
スペースができたヤグルマギクは、自力で光の差す方へと茎を伸ばし、3つのうち2つが生き残ったナスタチウムは、いまやピカピカのまあるい葉をふさふさと広げている。
その姿を見つめながら、私は自分自身の姿を重ね合わせていた。
「元気な日」が数日つづくと、つい活発に動き出そうとしてしまう。けれど、そのあとにまたドスンと動けなくなってしまう。
その激しいアップダウンの波に揺られながら、「どうして安定しないんだろう」と暗闇に取り残されたような気持ちになっていた。
冬に温室で大切に育てたナスタチウムを畑に植え直したとき、いつも以上の朝晩の冷え込みに驚いて枯れてしまったことがあった。
今の私の体も、あのナスタチウムと同じなのかもしれない。
長年積み重ねてきた疲れがある中、急にがんばって動こうとして、心と体がびっくりしているのだ。
でも、ベランダの植物たちは、静かなメッセージを私に送り続けてくれている。

雨に濡れてカサカサに見えるローズマリーの真ん中にも、かすかに、でも確かにみずみずしい緑の赤ちゃん芽が息づいている。
焦らなくていい。
完璧にフサフサでいられない日があっても、命の奥っ側では、新しく生まれ変わるための綺麗なタネがちゃんと育っている。
だから、今は私も、自分の心の中の「鉢」を分けてあげようと思う。
「活発に動きたい気持ち」と、「ただここに生きて、体を労る時間」。
ひとつの場所に詰め込んでごちゃごちゃになっていた葛藤を引き算して、そっと引き離してあげる。
不器用で、言葉少なだけれど、いつも大きな背中で支えてくれる旦那くんの優しさに、もっと甘えていけたらいいな。
ベランダの緑たちが心地よい風を浴びているように、私も、私という命に極上の「余白」をプレゼントしてあげたい。
頼れる人がいることに感謝。
以前こちらの記事で紹介したナスタチウムくんは寒さに負けてしまいました。本当にごめんね。
