みんな、何かしらの思想に殉死するのかなぁ?
殉死とは、主君や天皇などの死に際し、家臣や近親者が後を追って自殺することを指し、日本では主に武士が切腹によって行った行為を意味します。
殉死の基本的な意味
「殉」は「したがって死ぬ」、
「死」は死亡を意味します。
合わせて「ある人物への忠義・愛情から、その死に従って自ら命を絶つこと」です。
日本では主君に対する家臣の殉死が代表的です。
大事な人が死んだから自分も死ぬ、というのが殉死の意味のようだけど、思想にしたがって死ぬことも殉死なら、「好きなもの食べて死ぬ」ことも「好きなものを食べて死ぬ」という思想にしたがって死ぬのだから、殉死なのかもなぁと思ったのでした。
「好きなもの食べて死ぬ」
のも自由だけど、好きなものだと思ってるものは、食産業が好きにさせるように仕組んだものだったりする。
食産業が好みを「作る」仕組み
• 超嗜好性食品
糖・塩・脂肪の黄金比を科学的に計算して、脳の報酬系を強く刺激するように設計されてる。
ポテチ、菓子パン、ファストフード、アイス、炭酸飲料の多くがこれ。
自然界にほとんど存在しない組み合わせ。
• ブリスポイント
食品会社が味の最適点を研究して
「もう一口食べたくなる」
止まらなさを作り出す。
• 広告と環境
子供の頃から大量のCM、コンビニの配置、SNSの食べ物映え文化で「これが美味しい・幸せ」と思い込ませる。
• 依存性
一部の超加工食品は、脳の反応が薬物に似てるという研究もある(カロリー密度が高く、ドーパミン爆上げ)。
結果、
「自分は甘いものが好きなんだ」
「ジャンクフードが好き」
と思ってるけど、
それは生得的な好みというより、後天的に強化された好みの部分が大きい。
特に現代の食環境では。
食産業に殉死、悪い言い方すれば、食産業に殺される⁉️
「健康に良いもの食べて、ぴんぴんコロリ」で死ぬのも、そういう思想に殉死と言えるのかもなぁ。
「我慢は美徳」でストレスで心や体を壊して死ぬのも殉死と言えるんじゃないかなぁ。
「家族が大事」「仕事が大事」「神様」「ご先祖様」「腸内細菌様」「愛が全て」などなどみんな、何かしらの思想に染まってるから、みんなそれに殉死するんだろなぁ。
それは、良いも悪いもなくて、そういうことなんだろう。
それに無自覚に死ぬのか、自覚して死ぬのかの違いくらいなのかもなぁ。
日本の医学や栄養学に殉死する人も多いんだろなぁ…
と思うようなことがあったのでした。
私は私の思う食養生に殉死するのかなぁ。
