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プレゼン教育とは何か|話し方を教えても伝わらない本当の理由

こんにちは。プレゼンプロデューサーの東 大悟(ひがし だいご)です。

「プレゼン教育」という言葉を検索すると、多くの記事がヒットします。しかし読んでみると、その内容のほとんどが「発声練習」「スライドの作り方」「度胸をつけること」で終わっているケースが多く見られます。

本当にそれで、相手を動かせる人材が育つのでしょうか。

私はプレゼンテーション支援を12年続けてきた中で、ずっとこの問いを持ち続けています。学校の先生が「プレゼン教育をしたい」と考えるとき、教育委員会が「探究学習にプレゼン指導を取り入れたい」と動くとき。その現場に届くべき情報が、まだ圧倒的に不足していると感じています。

この記事では、世の中の「プレゼン教育」が見落としている本質を整理した上で、私が実際に高校生を日本一に導いた経験から、本当のプレゼン教育とは何かをお伝えします。

世の中の「プレゼン教育」の定義がずれている

とある子ども向けサイトに、「プレゼン教育」を解説した記事があります。保護者向けに書かれたその記事は、検索エンジンで上位に表示されています。内容は「話し方の練習」「度胸をつける」「スライドをきれいに作る」という方向性がメインの記事です。

保護者向けの入門記事として見れば、それは正しい出発点かもしれません。でも、教育現場や行政の担当者が求めているのは、そこではないはずです。(と思いたいです)

探究学習の広がり、プレゼン型入試の増加、アントレプレナーシップ教育の推進。こうした文脈の中で「プレゼン教育を充実させたい」と考えている先生や行政担当者には、もっと深い視点が必要です。つまり「なぜ伝わらないのか」「どう設計すれば相手が動くのか」という根本の話です。

では、プレゼン教育の本質とは何でしょうか。

第1章 プレゼン教育とは何か——本質の再定義

プレゼンの目的は「発表すること」ではありません。「相手を動かすこと」です。

採用説明会で学生に「この会社で働きたい」と思ってもらうこと。営業提案でお客様に「これを買おう」と決断してもらうこと。ビジネスコンテストで審査員に「この事業を応援したい」と感じてもらうこと。どれも本質は同じで、相手に何らかの行動を起こしてもらうことがゴールです。

そう考えたとき、プレゼン教育の定義は自然に変わってきます。

私が考えるプレゼン教育の核心はこうです。相手の脳みそに寄り添い、自分の意図もしっかり伝え、相手を動かすことのできる一生モノのスキルを身につける教育です。

「うまく話せるようになる」ことではありません。「相手が動く設計ができるようになる」こと。この違いは、一見小さいようで、実は教育のアプローチをまるごと変えてしまうほど大きな差です。

第2章 なぜ「話し方教育」では不十分なのか

「順番」が間違っていれば、どんなに流暢でも伝わらない

コミュニケーション能力を一言で定義するなら、「相手が理解できる順番で伝える能力」だと私は考えています。

たとえば会社説明会で、社長が最初にこう語ったとします。「うちの会社は福利厚生が充実していて、休暇も多くて、社員を大切にしています」と。情報は正しい。熱量もある。でも学生は頭の中でこう思っているはずです。「で、仕事内容は何ですか?」と。

これは話し方の問題ではありません。構成の問題です。相手が「次に何を知りたいか」という順番を無視した情報提供は、どんなに上手な話し方をしても届きません。

プレゼン教育が「話し方」の練習に偏ってしまうと、この構成の問題がずっと見えないままになります。話は流暢になっても、伝わらない状態が続くのです。

論理だけでは人は動かない

もう一つの落とし穴が、「論理思考力の育成」をプレゼン教育と混同してしまうことです。

もちろん、プレゼンは確かに論理を扱います。しかしそれだけでは人は動きません。論理だけでなく、感情・共感・未来のビジョン、この三つが揃って初めて相手の心が動きます。

採用の場面で考えてみましょう。給与・休日・福利厚生という条件がどれだけ揃っていても、「この会社で働く自分の未来が想像できない」という学生は、選びません。営業も同じです。数字やスペックだけを並べても、「自分がこれを使っている姿」が見えなければ、決断は生まれません。

プレゼンは、論理プラス感情プラス共感プラス未来の設計を同時に扱う技術です。この複合性こそが、プレゼン教育を単なる話し方指導と一線を画すものにしています。

度胸より先に必要なのは「設計」という事実

日本のプレゼン教育で最も多いアプローチを一言で言えば、「まず話せ・場数を踏め・慣れろ・経験しろ・声が良ければ・わかりやすい資料」などなど、です。

この指導が悪意からきていないことは分かります。経験から学ぶことは確かに大切です。しかし現実として、この方法でプレゼン嫌いが量産されています。

構成・設計ができていない人に100回発表させても、100回同じ失敗が繰り返されるだけです。何がうまくいかないのかが分からないまま場数だけ増えていくと、「自分はプレゼンが苦手だ」という自己認識だけが強化されてしまいます。

逆に、構成・設計が整理されていれば、初めての場でも伝わります。私自身、超絶緊張体質でした。ラジオの生放送では入念に準備したから乗り越えられた。でも起業してすぐの200人規模セミナーで突然「1分間自己紹介をお願いします」と指名されたとき、頭が真っ白になりました。

元ラジオアナウンサーが、準備のない状態でプレゼンすると伝わらない。いくら、声が通って、いくら場数をこなしたアナウンサーでも、です。この体験が、東流プレゼン理論を作る出発点になりました。準備とは練習量のことではなく、構成・設計のことです。

一般的なプレゼン教育と東流プレゼン理論の捉え方の違い

第3章 実際に何をやったのか——高校生日本一の裏側

2016年と2019年の2度にわたって、私が指導した高校生が日本政策金融公庫主催の「高校生ビジネスプラングランプリ」で日本一を獲得しました。発表会場は東京大学伊藤謝恩ホール。そのプレゼン映像は現在もトータル30万回以上再生されています。

何年経っても再生され続けるのは、そのプレゼンが「学びたい人にとっての教材になるレベル」だからだと感じています。

では、何をやったのか。具体的な手法ではなく、何に向き合ったかという事実だけをお伝えします。

まず、聴き手の「WHY」を考え尽くす。そして、この大会の場合、審査員の評価がすべての大会だったので、審査員の会社・経歴・価値観・判断基準を高校生と一緒に徹底的に調べました。「この審査員ならどういう質問をしてくるか」という想定問答をシミュレーションし、質問への答えも含めてプレゼンの構成に組み込んでいきました。

相手を分析してから構成を設計する。この順番が、私の指導の核心です。

結果として、高校生たちは「審査員の手元にサンプル商品を渡すタイミングで質問を自然に誘導する」という高度なプレゼンの設計まで自ら実践するようになりました。これは教えたというより、相手を分析して構成を考えるプロセスを経験したことで自然に生まれた発想です。

この経験が「一生モノのスキル」になる理由は、ここにあります。「こう話せばいい」という方法を教えても、その場限りの技術になってしまいます。しかし「相手を分析して設計するプロセス」を自分で経験した人は、どんな場面でも同じことができるようになります。仕事が変わっても、相手が変わっても、使い続けられる汎用スキルです。

指導した学生の一人は、後にアメリカの大学に進学しました。そこで改めて感じたことを話してくれました。「アメリカの大学でもプレゼンはあるけれど、自分の方がプレゼンのコツは分かっていると実感しました。本場のプレゼンはこの程度か(笑)」という言葉です。

海外の大学教育を受けた学生と並んでも通用するスキルが、高校生のうちに身についていた。そのことが、プレゼン教育の深度を示す一つの証明になっていると感じています。

第4章 プレゼン教育の成果とは何か——実績が教えてくれること

プレゼン教育の成果を測る指標として、どんなものが考えられるでしょうか。

「発表が上手になった」という定性的な評価だけでは、教育投資としての価値を説明するのが難しいですよね。私が実感しているのは、成果は複数の次元で現れるということです。

大会での結果という意味では、2016年・2019年の日本一という実績があります。しかしそれ以上に重要だと考えているのが、その映像が30万回再生され続けているという事実です。これは単に「うまく話せた」というレベルのプレゼンでは起きません。「見た人が何かを感じ、誰かに伝えたくなった」から広がっていくのです。

イベントの継続性という観点でも、プレゼンのクオリティが与える影響は見逃せません。私が中途半端にしか関わらなかった民間のプレゼンイベントは続きませんでした(1年で終わりとか)。一方で、プレゼンのクオリティに本気でコミットしたプレゼン大会は、日本政策金融公庫さんの大会や商工会の商人ネットワークも含め、長く続いています。

これは偶然ではないと考えています。プレゼンのクオリティが高いイベントには、見に来た人が「また来年も見たい」「自分も出てみたい」「応援したい」と思える力があります。その積み重ねがイベントの文化を育て、継続を生む。プレゼン教育の質は、個人の成長だけでなく、イベントや組織の存続にまで直結しているのです。

採用の場面でも同じことが言えます。インターンシップ採用フェアの支援をさせていただいたとき、変えたのは会社の情報そのものではありませんでした。導入の言葉と構成、そしてスライドの見せ方だけを変えたところ、申込数は前回の8倍になりました。

伝え方を変えれば、反応が変わります。採用が変わります。人生が変わります。これは理論ではなく、私が現場で何度も目の当たりにしてきた事実です。

第5章 プレゼン力は才能ではない

「うちの子はシャイで」「あの子は話すのが上手だから」という言葉を、学校現場でよく聞きます。プレゼンを「話す才能」の問題だと捉えてしまうと、教育としてのアプローチが変わってしまいます。

プレゼン力は才能ではありません。型と訓練で、誰でも身につけられるスキルです。

東流プレゼン理論では、プレゼンは構成(ストーリー設計)が50%、話し方(声・間・熱量)が30%、魅せ方(演出、資料、スライドの見せ方)が20%という比率で成り立っていると考えています。

多くの指導が、資料のデザインを変えることや話し方の練習といった30〜20%の部分から入ります。しかし最も重要な50%、つまり「何を、誰に、どんな順番で伝えるか」という構成設計に手をつけないまま表面だけを磨いても、伝わる力は根本から変わりません。

構成が変わると、話し方と資料の効果が何倍にも引き出されます。そしてその構成は、練習の前に設計として作ることができます。

才能ある一部の子どもだけが輝く教育ではなく、すべての子どもが「相手を動かす設計」を学べる教育。それが本当のプレゼン教育のあるべき姿だと、私は信じています。

まとめ プレゼン教育に求められるもの

話し方・度胸・スライドを教えることは、プレゼン教育の入口にすぎません。

本当のプレゼン教育とは、相手を動かす情報設計を教えることです。相手を分析して、伝える順番を設計して、論理と感情と未来を組み合わせて届ける。このプロセスを経験した人だけが、一生使えるスキルを手に入れます。

そのことが実現したとき、高校生でも東京大学ホールで30万回再生されるようなプレゼンができるようになります。アメリカの大学生と並んでも通用するスキルが身につきます。採用説明会の申込数が8倍になります。

プレゼン力は才能ではありません。正しい型と訓練で、誰でも習得できるスキルです。そして正しい型を教えられる教育が広がったとき、日本の「プレゼン嫌い」の連鎖は確実に止まると信じています。

学校・教育機関・行政でのプレゼン教育導入を検討されている方は、ぜひ一度ご相談ください。「どんな内容を、どう設計すれば現場に届くか」を一緒に考えます。まずは話を聞くだけという段階でも、まったく構いません。

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プレゼンプロデューサー・会社説明会専門家 東 大悟プレゼンプロデューサー・会社説明会専門家 東 大悟

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