26.6.17 動揺の後にこそ、本物が残る
あのときは、その御声が地を揺り動かしましたが、今は次のように約束しておられます。「わたしはもう一度、地だけではなく天をも揺り動かそう。」この「もう一度」は、揺り動かされないものが存続するために、揺り動かされるものが、造られたものとして取り除かれることを示しています。
おはようございます!亀山です。
人生には、足元がガラガラと
崩れるような瞬間があります。
思いがけないトラブル、人間関係の破綻、
あるいは仕事での致命的なミス。
「なぜ、自分だけがこんな目に遭うんだ」と、
天を仰ぎたくなる夜だってありますよね。
この手紙が書かれた当時、
クリスチャンたちも動揺の渦中にいました。
信じていた「すぐにイエス様が戻ってくる」
という約束が、いつまで経っても実現しない。
周囲からの孤立や迫害、先の見えない不安の中で、
彼らの再臨信仰は激しく揺らいでいたんです。
未来が見えなくなり、
信じていた足元がグラグラと揺れ動く恐怖。
僕自身、同じように
足元の不確かさを何度も味わってきました。
でも、聖書はここで、
僕たちの視点を変えるように促しています。
神様が「天も地も揺り動かす」のは、
あなたを壊すためてまはなく、
「揺り動かされないものを残すためだ」というのです。
つまり、揺さぶられてバラバラと落ちていくものは、
最初からあなたにとって
不要なハリボテだったということです。
僕たちは調子が良いときほど、
余計なものを身にまとってしまいます。
「自分の力でここまで来た」という高慢。
「これだけの人脈や資格、役職があるから大丈夫」
という、目に見えるものへの依存。
それらはすべて、
社会の状況一つで簡単に崩れてしまう、
人間が造り出した「揺り動かされるもの」
に過ぎません。
だからこそ、神様はあえてあなたを揺さぶるんです。
「今のあなたではダメだから、罰を与えている」
のではありません。
余計なものを吐き出させて、
本当の輝きを放つための揺り動かしなのです。
だから、
神様の愛の「揺さぶり」を恐れてはいけません。
当時の彼らが動揺の中で
本物の信仰を見出していったように、
僕たちもこの現実の中で、
しっかりと立ってみましょう。
今抱えている仕事の責任、重いノルマ、
あるいは、毎月の支払い。
その嵐が吹き荒れた後に、
あなたの心に最後に残るものは何ですか。
それこそが、どんな環境の変化でも絶対に壊れない、
神様があなたに与えた「揺り動かされないもの」です。
不要なプライドや目先の執着を削ぎ落とし、
ただ本当に大切なものだけに信頼を置く。
大切なものを大切にして生きる。
そのとき、あなたの生き方も、日々の仕事も、
決して倒れない強固なものへと変えられます。
さあ、信仰の舞台は現場にあります。
今日も元気に、行ってらっしゃい!!
