【母子家庭×不登校】第2話 思い出すと目頭が熱くなる、贅沢で夢見たいな日々💸🏠楽しみにしてた引っ越しで人生で1番絶望した話
こんにちは。
前回、「楽しみにしてた引っ越しで人生で1番絶望した話」を書いた私です。
でも今日は、「前の家での、思い出の日々」について書こうと思います。
それは、母と2人で暮らしてきた中で、いちばん穏やかで、少しだけ贅沢な毎日でした。
今つらい人にも、「こんな日々もあったんだ」って、少しでもぬくもりが伝わったら嬉しいです。
⸻
あの家に引っ越してきた日
前の家は、まだ新しくて、内装も綺麗で、すぐに「ここが私たちの場所だ」って思える空間でした。
引っ越した日は、ちょっと不安もあったけど──
お金も少し余裕があったし、母も私も「なんとかなるよね」って言い合ってた。
気持ちの中に、“安心”があった。
夜は、近所に出ていた屋台でお好み焼きを買って帰って、今後のこと、外国のことを
あぁでもないこうでもないって話ながら、一緒に食べた。
たったそれだけのことが、今では宝物みたいに感じる。
⸻
不登校のまま、学校との話し合いへ
私はその頃、もう不登校だったけど、母と一緒に地元の中学校との連携や、N中等部のことを話しに行った。
実は、ものすごく緊張してた。
「ちゃんと話せるかな」「怒られないかな」「変に思われないかな」って。
でも、担任の先生がすごくいい人で、親身に話を聞いてくれて、心の底からホッとした。
⸻
小さな幸せが、たくさんあった日々
思い出すだけで泣きそうになるのは、
あの1年前の節分の日。
駅の近くにあるコッペパン専門店でパンを買って、映画を見ながら一緒に食べた。
さくらモンブランクリームとか焼きそばとか、いくつかをシェアして。
なんてことのない日だったけど、心がふわっとあたたかかった。
⸻
お金があるって、自由なんだなと思った
お金の話をすると、ちょっといやらしいかもしれないけど──
当時の私たちは、「貧乏じゃないけど、ギリギリでもない」感じだった。
だから、毎日のように母とカフェに行って、好きなドリンクを選べた。
「今日はどこ行く?」って、何気ないやりとりが日常だった。
⸻
旅行にも行けた。夢みたいだった
• 出雲大社に行って、はしゃぎながら出雲ぜんざいを食べたこと
• 愛媛の道後温泉で、だだっ広いビュッフェ会場で朝ごはんを食べた
あのときは「ちょっと贅沢かな?」と思ったけど、
今思えば、本当に心が穏やかで、満ち足りた生活だった。
⸻
京都・四条の思い出
家から少し電車に揺られれば、京都の四条駅にも行けて。
あの商店街をぶらぶら歩いたり、お高めスーパーで食材を買って帰ったり──
何でもないことが、あんなに楽しかったのは、
きっと心に“余白”があったからだと思う。
⸻
今と比べたくないけど、比べてしまう
正直、いまの私は、前みたいに「カフェに行こう」とも言えないし、旅行の話なんて夢みたい。
毎日、どうやって節約しようかとか、冷蔵庫の中身を何に使うかとか、そんなことばっかり考えてる。
でも。
「こんな日々があった」という記憶は、
私にとって希望そのものなんだと思う。
流石に贅沢三昧すぎた。
私も母も。
正直母がもっと早くに気づいていれば未来は変わったと思う。
私は絶望している。
でもそれは今この瞬間生きていけるのかっていうこと。
外国に行く夢。
カフェでゆっくりする日常。
全部捨ててない。
ポエムみたいで絶対もう一生見返さないつもりで書く。
これからは自分たちで稼いだお金で自由を手に入れる。
泣きそうなのは未来が怖いから。
未来が怖いのは可能性があるから。
次回予告(第3話)
次はこんなことを書こうと思ってます👇
• 「お試し暮らしのこの家って、どんな場所?メリットはある?」
