【第7回】「ブルターニュの風と静寂の時間〜ヴァンヌに息づく古き良きフランス〜」
2023年10月4日〜10月8日 /ブルターニュ地方 ヴァンヌ
🌸 なぜ今、2023年の体験を書くのか
現在、イングランドで女子ラグビーワールドカップが開催されています。テレビで観戦していると、あの時の記憶が鮮明によみがえってくるのです。2023年フランス大会での35日間の体験が。
あれから2年。記憶が薄れる前に、そしてこの感動を多くの方に伝えたい。そんな想いで、この記録を残すことにしました。
🌸女子ラグビー決勝トーナメント進出できなかったけど
9/7スペインに最後勝ちました🌸
パリから逃れたその先で
10月4日の朝、パリのモンパルナス駅でTGVに乗り込んだ私は、約3時間後にまったく違う世界へと足を踏み入れることになります。ヴァンヌ駅のプラットフォームに降り立った瞬間、これまでのフランス旅行とは明らかに違う空気が私を包み込みました。

パリの排気ガスと人混みの喧騒に慣れた鼻腔に、潮の香りを含んだ風がゆっくりと入り込んできます。駅舎を出ると、建物の高さが一気に低くなり、空がこんなにも広かったのかと驚かされました。人口約5万人のこの町は、モルビアン湾に面したブルターニュ地方の古都。私が求めていた「等身大のフランス」が、ここにありました。
宿までの道のりを歩きながら、私はすでにヴァンヌの魅力に取り憑かれ始めていました。石畳の道に足音が心地よく響き、すれ違う地元の人々は皆穏やかな表情を浮かべています。急いでいる人なんて一人もいない。時間がゆっくりと流れるこの感覚は、一体どれくらいぶりでしょうか。

木骨組みが語る物語
荷物を置いてすぐに旧市街へ向かった私の目に飛び込んできたのは、まるで絵本から飛び出したような木骨組み(コロンバージュ)の家々でした。クリーム色の漆喰壁に茶色い木材が描く幾何学模様は、500年以上の時を経てもなお美しく、そして力強い。

特に印象的だったのは、「Vannes et sa femme(ヴァンヌとその妻)」と書かれた看板の下に佇む石像の夫婦です。15世紀から変わらずこの場所で微笑み続けているという二人の表情には、長い年月を見守ってきた優しさが刻まれていました。私はその前でしばらく立ち止まり、石像が見つめてきたであろう数百年の歴史に思いを馳せました。


路地を縫うように歩いていると、現代と中世が自然に共存している不思議な感覚に包まれます。古い木造の家の1階にはモダンなカフェが入り、スマートフォンを手にした若者が中世の石畳を歩いている。でも、それがまったく不自然に感じられないのがヴァンヌの魅力です。


ふと足を止めて振り返ると、私が今歩いてきた石畳の道が、まるで時間を遡るように続いていました。この道を何世代もの人々が歩き、笑い、涙し、そして愛し合ってきたのでしょう。その重みと温かさが、石一つ一つに宿っているような気がしました。
城壁に抱かれた時間
翌日、私はガイヤール城を訪れました。13世紀に築かれた城壁が旧市街をぐるりと囲み、当時の権力者たちがこの町をいかに大切に守ろうとしていたかを物語っています。城壁の上から見下ろす旧市街の眺めは、まさに中世そのもの。赤茶色の瓦屋根が連なり、その間を縫うように緑豊かな庭園が点在しています。

城壁を歩いていると、ベンチに座った老夫婦と目が合いました。おそらく80歳を超えているであろうその夫婦は、手を繋ぎながら同じ景色をじっと眺めています。奥様の白髪が風に揺れ、ご主人がそっと肩に手を回す。その自然な仕草に、長年連れ添った夫婦だけが持つ深い絆を感じました。
私も近くのベンチに腰を下ろし、同じ景色を眺めました。すると不思議なことに、この老夫婦と同じ時間を共有しているような感覚になったのです。言葉を交わすわけでもなく、ただ同じ空間に存在しているだけなのに、なぜこんなにも心が満たされるのでしょうか。

ガイヤール城の庭園は完璧に手入れされていて、秋の花々が美しく咲き誇っていました。庭師さんがバラの手入れをしている姿を眺めながら、私はこの町に流れる「丁寧な時間」を実感していました。急がない、焦らない、でも手を抜かない。そんな生活哲学が、この庭園の美しさに表れているような気がしました。
モルビアン湾が見せた奇跡
夕方、私は港へ足を向けました。モルビアン湾は「小さな海」という意味のブルトン語で名付けられた穏やかな内海です。数百艇のヨットが整然と並ぶマリーナは、まるで白い森のよう。マストが風に揺れる音が、心地よい音楽を奏でています。

日が西に傾き始めると、空の色が刻一刻と変化していきます。青から薄紫へ、そしてオレンジから深紅へ。雲の隙間から差し込む夕日の光が水面に反射し、まるで黄金の道が水平線まで続いているようでした。この美しさは、どんな写真でも、どんな言葉でも表現しきれません。

港では釣りを楽しむ地元の人、手を繋いで散歩するカップル、犬と戯れる家族の姿がありました。みんなが同じ夕日を見つめているのに、それぞれが自分だけの特別な時間を過ごしている。そんな贅沢な空間でした。

私の隣に立っていた年配の女性が、フランス語で何かを呟きました。私にはその言葉の意味は分からなかったけれど、きっと夕日の美しさに心を奪われた感嘆の言葉だったのでしょう。私たちは言葉を交わすことはなかったけれど、同じ感動を共有していることが伝わってきました。
この瞬間、私は旅の本当の意味を理解したような気がしました。それは有名な観光地を訪れることでも、SNS映えする写真を撮ることでもない。その土地の空気を肌で感じ、そこに暮らす人々と同じ景色を見つめることなのだと。
鐘の音に誘われて
10月7日の午後、宿でゆっくりと読書をしていると、町中に美しい鐘の音が響き渡りました。教会の鐘だということは分かりましたが、いつもとは明らかに違う特別な響きがあります。その音色には喜びと厳かさが混じり合っていて、聞いているだけで胸が高鳴りました。

好奇心に駆られて音の方向へ歩いていくと、サン・ピエール大聖堂の前に人だかりができています。どうやら結婚式が行われているようです。ゴシック建築の荘厳な大聖堂から、やがて新郎新婦が姿を現しました。
純白のドレスに身を包んだ花嫁は、まるで天使のように輝いて見えました。ベールが風に舞い、彼女の笑顔は見ているこちらまで幸せな気持ちにさせてくれます。紺色のスーツに身を包んだ新郎は、緊張と喜びが入り混じった表情で花嫁の手をしっかりと握っています。
集まった家族や友人たちが花びらを撒き、祝福の言葉をかける光景を見ていると、なぜか涙がこみ上げてきました。それは悲しみの涙ではなく、純粋な感動の涙でした。人間の最も美しい瞬間の一つを目撃している幸運に、私は心から感謝していました。
新郎新婦が手を取り合って大聖堂の階段を降りてくる時、私も思わず拍手をしていました。見知らぬ土地で出会った見知らぬ人の幸せを、なぜこんなにも心から祝福できるのでしょうか。それは人間の根源的な喜びが、国境も言語も超越した普遍的なものだからかもしれません。


花嫁が私の前を通り過ぎる時、ふと目が合いました。彼女はにっこりと微笑んでくれ、その瞬間、私もこの祝福の輪の一部になれたような気がしました。
それは私のヴァンヌでの思い出の中で最も温かいものの一つになりました。
真のフランスとの出会い
4日間のヴァンヌ滞在は、私にとって特別な意味を持つ時間となりました。パリやニースのような有名な観光地ではない、地方の小さな町だからこそ感じられる「真のフランス」がそこにはありました。
木骨組みの家々、石畳の路地、港に停泊するヨット、大聖堂の鐘の音。すべてが地元の人々にとっては日常の一部でありながら、旅人の私には新鮮で美しく映りました。そして何より印象的だったのは、そこで暮らす人々の穏やかで自然な表情でした。
ヴァンヌで過ごした時間は、私に大切なことを思い出させてくれました。旅の真の価値は、有名な場所にチェックインすることではありません。その土地の空気を深く吸い込み、そこに暮らす人々の日常に敬意を払いながら触れることです。
明日はナントに向かい、ついに日本対アルゼンチン戦を観戦します。このフランス旅行で最後のラグビー観戦となる予定です。ヴァンヌで感じた静寂と温かさを胸に秘めながら、再び熱狂の世界へと足を向けることになります。でも不思議なことに、今の私にはその両方が必要だということが分かります。静寂があるからこそ熱狂が輝き、熱狂があるからこそ静寂の価値が分かるのです。
次回予告:第8回「最後のラグビー、そして奇跡の出会い〜ナントで見つけた国境を越えた絆〜」
10月8日、ナント。日本対アルゼンチン戦での惜敗の後、スタジアム外で運命的な出会いが待っていました。外国人グループとの即席ラグビーで、私は学生時代以来のタックルを食らうことになります。言葉の壁を越えて生まれた友情と、この旅で最も印象深い国際交流の物語が、いよいよ始まります。
