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こころを知っていくあの頃2

青春=アオハル、ということでいいだろうか?

「青春」とは、①若くて勢いのある頃、②夢や希望に満ち溢れた若者らしいあの頃、③初々しい恋心など、若い時期特有の輝かしい瞬間や感情を指す。

まず「①若い」ということだが、いろんなことが初期段階にある、ということではないのかもしれない。そして単に年齢的肉体的に若いというだけではないかもしれない。
こころはもしかしたら、柔軟であれさえすれば、いつまでも若くあり続けるかもしれない。
これは人生のテーマである。

若者は、「②夢や希望」を持ちやすい。だから、青春しやすい。
だって、持っていないもの、獲得していないもの、未経験のものが多いから。

しかしこの頃の若者は、夢や希望を抱いていないのではないだろうか?という言説がある。
そんな社会は作ってはいけないが、この問題は大変複雑である。
社会的には、少子高齢化で若者に負担が多い、ヤングケアラーの問題などが言われている。日本の国力を、隣国と比較などして、絶望する話し方もあろう。
文明が進歩するにつれて、人間の成長のメタ認知は進んでいく。このあとこうなって、というのは、簡単に見えてしまう。未知であるからこそ、夢や希望を抱けるというところはあるだろう。
地球上での人間の営みは、光り輝く正の営みだけではないこともわかってきた。負の部分も受け入れて、生きていかなければならない。何をしたって地球を汚すし、新しい技術に希望をもとうとしても、例えばSNSが、若者を苦しめていたりもする。汚れた自分を越えて、夢や希望を抱くのは、相当な覚悟が必要である。

「③初々しい恋心」をもつのは、恋愛という物語を信じたときである。
人が人を好きになり、信用したり信頼したりして、つがいになる、関係を結ぶというのは、「ドラマ」である。
自分の中に恋心というどうしようもない「衝動」を「こころ」の中に発見する。
人と人のつながりが、つきあう、結婚する、肉体関係をもつなどで、目に見えて変わっていく。
恋愛に勝利すれば、一夫一婦制や独占欲が、その状態を守らなければならないという闘争の「物語」に変化していく。
「こころ」を扱い、「物語」の中で「ドラマ」を感じる。
単純で下世話なエンタメ色恋沙汰もあるが、きちんと描いているなら、恋愛は文学的であると思う。

①若い②夢や希望③恋愛、総じて、青春時代は文学的でありやすい。
青春時代から遠く離れ、年を重ねて、果たして今、私は文学的であるだろうかと考える今を、精査してみたい。
そう思って、noteを書き続けてみる。

あなたは今、青春していますか?

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