誰にも憶えがあるはずの「あの頃」(こころを知っていくあの頃4)
保坂和志さんの著作の一つに、『「三十歳までなんか生きるな」と思っていた』というものがある。
『アウトブリード』の後に読んだのだったか、前に読んだのだったか。
※どちらもkindle版がない。
ともかく、「あの頃」について書かれた本だ。
「考える」ことにとって大事なこととして、「やりそこなった」経験というのがある。
「やりそこなった」という思いを忘れないかぎり、人は生きることに対してあの頃(誰にも憶えがあるはずのあの頃)と同じ真剣さを持っていることができる。あの頃を忘れたり、あの頃の外に立ったりしたら、生きることは自分自身のものでなく、どこにでもいる人たちの模倣になってしまう。
ところで、『アウトブリード』をちょうど20年前に読んでいたということが、日記を見返して分かった。
私は小学生の頃から日記をつけていて、23年前からはデジタルなので、検索が容易なのだ。
ごりゅごさんや、倉下さんのように日記、あるいは日誌好きなのだ。
20年前というと、学生時代の終わりで、青春の終わり、みたいな頃だったと思う。
日記は平安時代の頃からの文学作品である。
『「三十歳までなんか生きるな」と思っていた』は、14年前に、出張の電車の中で読んでいた。
まだ自分は30歳には満ちていなくて、子どもが産まれた頃で、家族を養っていくのに必死だった。
文学から離れ、創作から離れ、インスタントで手軽な知識、実利的で効率的なツール、そういうものに憧れ、求めていた時期だった。
「こころ」をなくし、業を封印し(あるいはそもそもなかった)、ぺらぺら、ふわふわと生きるほうへ流れていった時期だった。
保坂氏は『「三十歳までなんか生きるな」と思っていた』を、50歳を越えて書かれている。
保坂氏の結論としては、あの頃には戻れないが、あの頃よりもすばらしい日々はある、とのことである。
このnoteは、青春、あるいはそれに代替するものを取り戻そうとして書いているのかもしれない。
