ミス・イエスタデイ(こころを知っていくあの頃3)
あまり過去のことは振り返らない性質であるが、どうしようもない郷愁で、幼かった「あの頃」を思い出すことがある。
もう戻れない「あの頃」。
ミス・イエスタデイ 同じ空の下
イエスの花束掲げて歌うよ
君がいたから上手く泣けたんだ
風の道行きは緑萌える
青春の日よ 純情の
YUKI「ミス・イエスタデイ」【Music Store】powered by レコチョク
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YUKIさんの曲に、『ミス・イエスタデイ』という曲がある。
映画『インスタント沼』のエンディング曲で、数年前、うとうとしながらこの映画を観ていたのだが、この曲が流れた瞬間はっとして飛び起きてしまった。
戻れない「あの頃」について感傷的な時期でもあって、思わず涙があふれた。
歌詞は文学的で、深みや味わいがある。
この記事の画像は、歌詞にも出てくるひなげし(ポピー)。
ひなげしは「虞美人草」ともいう。
夏目漱石の職業作家初小説であるそうだ。(『虞美人草』)
日本文学の代表者によるその作品は、文明開化期の日本社会や人物の内面を描写し、西洋文化と日本文化、伝統と革新、個と社会の葛藤など、現代にも通じる対立構造を浮かび上がらせている。
文学は、このように時代を切り取り、人物の内面を表に出し、見えない構造を分かりやすく照らし出してくれるものだ。
YUKIさんの『ミス・イエスタデイ』の歌詞は文学的だろうか?
現代人の青春への郷愁を描写し、聴くたびに私に何かしらを想起させてくる。
ミス・イエスタデイ 生き様を魅せる
不器用でも優しい君は素敵だ
「いつまでも遊んで居られると良いな」
君の口癖を真似してみる
永遠の日よ 明星の
『明星』とは、金星のことである。
昔、与謝野晶子らの「明星派」というのがあって、「①官能」や自我の解放を謳ったらしい。
①文学は人間の本能的な部分(官能)についても、言葉で挑戦するものだ。
このあたりのことは、高校の国語の授業の「②日本文学史」でちょっと習った。
②文学的なものは、文学史に載ったものでないといけないのか?
上記①②について、少しずつ書いていかなければならない。
すなわち、
①人間の本能、根源的な部分について。それは、官能や、暴力や、嫉妬や、破滅的なところなどについて。
②それを文学と定義する、その方法について。何が美しくて、何が美しくないのか、という問題について。権威が「これが文学的である」と言うのではない、真に市民にとっての「文学的」について。大衆文学よりも純文学、直木賞よりも芥川賞が文学的である、というのではない、「文学的」について。
