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こころを知っていくあの頃

文学的である、とは、こころを、感受性をもっているということである。
人はその頃のことを、「青春」と呼んだりもする。
この頃はそれを、「アオハル」とも。

若く、傷つきやすいあの頃だからこそ、そして興味津々に、新しいおもちゃのように思っている頃だからこそ、こころが踊り、こころが傷つき、こころが昂ぶり、たのしかったのだろうか?

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
(中略)
自分の感受性ぐらい
自分で守れ
ばかものよ

(茨木のり子「自分の感受性ぐらい」

私はずっと文学的であったと言えるのだろうか?


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