『ゲイ』と『HIV+』と『双極症Ⅱ型』と
はじめに
ボクの抱える『3つのマイノリティ要素』です。
つい先日『障がい者の就職活動』について執筆する機会をいただき、改めてこれらの要素が、社会的に受け入れられているのか?またそれらが『就労』という視点で考えた時、何らかの障壁になっていないだろうか?と、深く深く考えました。
もちろんボク自身が、それらの当事者であり、退職や転職をしてきたという実体験もありますが、SNSから垣間見れることであったり、様々な企業がインターネット上でアンケート調査をしていたりして、その結果をよく目にする機会が増えました。
また、ボク自身が産業カウンセラーであり、『労働と健康』について興味関心があり、その延長線上に『障がい者の就労』があると思っています。
それでふと思いました。
「セクシャルマイノリティと身体障がいと精神障がいの、どれが一番、社会的に受け入れられていて、どれが一番、受け入れられていないのだろうか?(社会的受容)」と。
もちろん、その方のおかれている生活環境や社会的立場などによるとは思いますし、一概には言えないことは重々承知です。
しかし、なんとなくではありますが、『就労』という切り口で見た時に、その『社会的受容』には、一定の傾向があるのでは?と思うようになりました。
今回は、ボクの抱える3つのマイノリティ要素に関して、社会的受容を『受容されていないと思うマイノリティ要素』をランキング形式にし、その理由を超持論(笑)でお伝えしたいと思います。

第3位 セクシャリティ
もう、『セクシャルマイノリティは病気だ』とか『障がいだ』という声は聞かなくなりましたね。それこそ『個性』というくくりで理解されている方もおおいのでは?
現時点(2025年4月)では、日本ではまだ同性婚が認められていません。しかし、セクシャルマイノリティへの理解はかなり広がりを見せており、セクシャルマイノリティとして生きていく障壁はなくなりつつあると思います。
就労に関しても、企業によっては同性カップルに対しても、異性カップルと同等の福利厚生を用意していたり、アライと呼ばれる人々が、積極的に理解を示してくださるようにもなりました。
また、働くうえで『セクシャルマイノリティ』を意識しながら働くことは、ほとんど無いでしょうし(特殊な業種は除く)、例えばセクシャルマイノリティの同僚がいたとしても、周囲の方々もそれに強くとらわれることなく一緒に働けるでしょう。
それはなぜか…
ちょっと乱暴な言い方をすれば「自分には関係ないこと」だからです。
同僚がセクシャルマイノリティであったとしても、仕事の進め方や仕事の内容そのものには、影響がありませんよね?
もちろん『アウティング』とか『ハラスメント』があれば別ですよ。でも今どき「あいつはセクシャルマイノリティだから、一緒に仕事なんてしたくない!!」なんて言う人のほうが珍しいくらいになりましたよね(笑)

ボクもいますwwwめっちゃ前に
第2位 身体障がい
身体障害者手帳によると障がいは以下のように分類されます。
1.視覚障害
2.聴覚または平衡機能の障害
3.音声機能、言語機能または咀嚼機能の障害
4.肢体不自由
5.内部障害
『5.内部障害』以外は、基本的にパッと見聞きすれば、その方の障がいがどんなものが明らかです。
これらの障がいは、その障がいを持たない方にとって、その不自由さが想像でき、ある程度、自分のコトとして受け止めることができる、と思います(あえて“共感とか“受容”とか“理解”という言葉は使いません)。
『5.内部障害』には…
1.心機能障害
2.腎臓機能障害
3.呼吸器機能障害
4.ぼうこうまたは直腸の機能障害
5.小腸機能障害
6.ヒト免疫不全ウィルスによる免疫機能障害
7.肝臓機能障害
がありますが、たとえば『心臓機能障害』に関しても、「激しく運動すると動悸がして苦しい」とか『直腸の機能障害』だと「人工肛門をつけて毎日の処置が大変」とか、その不自由さは想像できることだと思います。
ボクはHIV+なので『ヒト免疫不全ウィルスによる免疫機能障害』に該当しますが「薬を飲み続けないと死んでしまう」とか。それもなんとなく想像していただける…かな?(笑)
つまり、『5.内部障害』に関しても、どんな障がいなのかをきちんと説明すれば、その不自由さが想像できると思います。
その不自由さが想像できる、ということは、そこからは差別が生まれにくい、ということにも繋がるとボクは考えます。
つまり「もしソレが自分だったら…」と自分ごとのように考えられることに繋がり、「もし自分が、その不自由さを理由に、他人から差別・区別されたら…」と想像することができるようになるからです。
『就労』の現場で考えてみましょう。
障がい者の生活に関して、盛んに『合理的配慮』という言葉が使われていますが、障がい者が就労した場合、その企業にはその障がい者が働きやすいよう『合理的配慮』をする必要があります(ただし障がい者本人の申出による)。
身体障がいの場合、この『合理的配慮』がしやすい、という特徴があります。
車椅子を使用している人であれば、エレベーターや車椅子用トイレの設置。人工肛門を使用している人であれば、トイレにオストメイト汚物流しの設置。通院のための時間の確保。などなど。
障がい者を雇う企業側は、(基本的に)施設や設備を整える“だけ”で『合理的配慮』のための対策ができてしまいます。

第1位 精神障がい
もうね、これなんですよ。ホント。
ちなみに精神障害者保健福祉手帳には、精神障がいを下記のように分類します。
1.統合失調症
2.気分障害(うつ病、双極症など)
3.非定型精神病
4.てんかん
5.薬物依存症
6.高次脳機能障害
7.その他の精神疾患(ストレス関連障害など)
最近の日本では、メンタルヘルスに対する興味が一般的になってきて、こころの不調を隠すことなく、精神科や診療科を受診しやすくなってきている、という傾向にあると思います。
その一方で、精神障がいに対して何故か『やる気の問題』『根性の問題』『意思の強さの問題』『行動が奇妙で怖い』などの不理解が蔓延って(はびこって)いるのも現状です。
結局は、その障がいによる不自由さが自分事として受け止められない…という理由に行き着くような気がします。
例えばうつ病。
抑うつ感が強くなり、何に対してもやる気が無くなり、下手をすると食べることもシャワーを浴びることも、外出することも着替えることすらもできなくなります。
人間は誰しも「抑うつ感」を経験します。仕事に失敗した時、失恋した時、大切な何かを失った時など。精神障がいに不理解な方というのは、そのような「誰しも経験する抑うつ感の延長線上にある」とだけしか理解できず、「“そんなことで”動けなくなるとか食べられなくなるとか、大げさな!」という理解をするのではないでしょうか。
例えば薬物依存症。
違法薬物を使用し、それが止められなく・やめられなくなる。依存症になったときの『欲求』というのは、「止めよう・やめよう」と思えば止められる、やめられるものではありません。だから『依存症』なのです。
誰しも『生理的欲求』を日々、感じながら生活していますよね。食事、睡眠、セックスなど。それらは、多少であれば我慢しやり過ごすことができます。つまり『欲求』というのは『意思の強さ』『根性』でなんとかできるものだと、考えてしまうのだと思います。
『就労』の現場で考えてみましょう。
先ほどお伝えした『合理的配慮』。もし、精神障がい者の方が就労する場合、どのような『合理的配慮』が必要になるでしょうか。
これはボクが就職活動をしていた時、企業側にお願いしていた配慮の一例です。例えば『気軽に相談できるメンターの配置』『定期的な1 on 1の実施』『フルフレックス制度』『在宅勤務との併用』などです。
精神障がい者に対する合理的配慮というのは、『施設や設備を整えればハイ!おしまい!』というわけにはいかず、その方が勤務し続ける限り、人的資源を常に投入し続けなければいけません。
また、こころの不調は日々の変動があり、急な欠勤や遅刻などがあることは珍しくなく、業務の遂行に影響を与えてしまうこともあります。そうなった時、同僚や上司はどのような感情になるでしょうか?

さいごに
ボクは理学療法士ですし産業カウンセラーです。だから「病気の予防」とか「コンディショニング」の必要性について、大変、重要だと思っています。それは身体のことであれ、こころのことであれ。
もちろんそれは『障がい』となってからも同じで、ある程度、自分自身の健康状態を維持したり、できれば改善するコトをし続ける必要がある、と考えている立場の人間です。
しかし、そもそも周囲の理解や支援ななければ『生きていく希望』や『人としての尊厳』が得られません。
人は人と関わり合いながら生きていく生き物です。月並みな言葉ですが人は一人では生きていけません。
そんな当たり前のことを、今一度、皆さんに振り返って考えてみていただきたいと思います。
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