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ボクの職業人生~理学療法士編

はじめに

ボクは自己紹介の中で、「ゲイで身体障害者(HIV感染症)で精神障害者(双極症Ⅱ型)です」というマイノリティ要素をお伝えすることと、「産業カウンセラーで社会福祉士で理学療法士です」という仕事・資格についてお伝えすることが多いのですが、よく考えてみると、いままで前者の『マイノリティ要素』ばかりを押し出し(笑)肝心な仕事・資格について、あまりお伝えしてきませんでした。

そこで、その後者の仕事や資格について、少し、自己開示したいと思います。

と言っても、職業人生について語ると、30年近くかかってしまうので(笑)どうしてその仕事をしようと思ったのか、その資格を取得しようと思ったのか、そんなところをお伝えしていきたいなぁ~と思いました。

今回はまず「理学療法士」についてお伝えします!


1.コトの始まり

自分自身が、将来、どんな仕事に就きたいのか、具体性を持って考え始めるのって、皆さんはいつぐらいからでした?

ボクの進学した高校は、地元の公立高校の普通科でした。ただ、田舎の高校なので、大学進学クラスもあれば就職クラスもある、ごちゃまぜ学校なのですが、普通科ではまず、1年生から2年生に進学する際に「国立理系」「国立文系」「私学理系」「私学文系」「専門学校」みたいな感じでクラス分けがあったんです。

ボクは高校に入ったとき、母からずーーーーーっと「進学するなら国立!!!」と強く言わてまして(笑)

それは『田舎だ』ということが大きく影響…

つまり、ボクの住んでいる岐阜県郡上市という場所から、公共交通機関を利用して通学できる大学などは、ほぼ皆無。つまり進学するなら、必然的に、実家を出て一人暮らしなり寮暮らしなりをしなければならいので、できるだけ学費におカネをかけられない。かけたくない←母の思惑。

だから必然的に「国立」を目指すことになるので、とりあえず「国立理系」のクラスに進級しました。

あ、理系、というのは、ただ、文系より理系の方が得意だったから(笑)

高校1年生のクラスメイトと

2.ナニになる?ナニをする?ナニをしたい?

皆さんは高校生の頃、『高校を卒業してからの“それから”』について、具体的に考え始めたのは、いつぐらいからでしたか?

中には「とりあえず入れる大学に進学してみて、それから考える」とか「なんとなく、推薦入試で進学できる大学へ行ってみる」とか、そーゆーふうに考えておられた方もいると思います。

ボクは高校2年生で「国立理系クラス」に進学して、何となく『高校を卒業してからの“それから”』を考えるようになり、ボンヤリとながらこんなことを考えていました。

  1. サラリーマンだけは絶対にイヤ!!(笑)

  2. できれば、資格をとっておきたい

  3. 資格取るなら医療系?かな~

サラリーマンになるだけは嫌だった!ホントに。

ただし!当時ボクの中の『サラリーマン』の定義は曖昧でした(笑)。とりあえず会社員…的な感じで理解していたのですが。

ただ「サラリーマンにだけはなりたくない!」という強い思いは、父親の影響でしょう。父はいわゆる「会社員」で、転勤があったり、休日出勤があったり。あとは中間管理職的な仕事で板挟みになったり…

「そんな仕事にどんなやりがいがあるの?!」と、心のなかで思っていました。もちろん、そんなコトを口に出して父に聞いたことはありません。

ただ、そんな姿を見て育ってしまい、ボクは父の仕事に対して、とても否定的に思っていました。

けれど今、反省するのは、今まで一度も父の働いている姿を見たことがなかったのです。

ごめん。とーさん。

医療系の資格を取りたいと思ったのは、実はボク、子どもの頃は、扁桃腺肥大っていって、喉が腫れやすくすぐに熱を出し、いつも病院を受診していたから、という理由が大きいと思います。

ボクのかかりつけの内科の病院、田舎の小さな病院なのですが、そこの院長先生(内科の主治医)が、とっっっっっても良い先生で!!!(他界されていますが。゚(゚´Д`゚)゚。)

もちろん、看護師さんや検査技師さんも、みんな良い人ばかりで、ボク、『病院』という場所が好きやったんです。

変な子でしょ(笑)

だから、とりあえず医療系の資格を取って、病院で働きたいな~って、具体性をもって思うようになったのが高校2年生のときでした。

高校3年生へ進級したとき
(目が死んでいるw)

3.ソレからどうした?

皆さんは『医療職』『医療従事者』と聞いて、真っ先に思い浮かぶ職種はなんですか?

ボクは『看護師』でした。

というのも、先程、ご紹介したボクが通院していた内科の病院に、母の兄の奥様(義理の伯母)が看護師長さん(当時の看護婦長さん)だったんです。

で、父の姉(伯母)も看護師。

さらに、父の兄の娘さん(従姉妹)も看護師。

そりゃもう『看護師の申し子』でしょwwwって思ってました。当時(1990年代後半)、四年制大学に看護学部があったりして、看護も高等教育が始まった頃。『デキる男性看護師』ってカッコいいと思いませんか?(笑)

そんな安易な気持ちでいたのですが、とりあえず、ボクの血縁におられる諸先輩方のご意見も聞こう(笑)と思ったわけです。

しかし…皆さん、口を揃えて教えてくれました。

「看護師は、男性の仕事じゃないよ」と。

何度も言いますが、1990年代後半です。そーゆー時代だったのです。しかも、3人が異口同音ですよ…そりゃ、納得するしかないでしょ。

素直に諦めました。看護師は…「看護師は!!」
ですがやはり、医療従事者にはなりたかった…どうしようかと、思っていたところ、母がとある進学雑誌を持ってきて「こんな仕事があるみたいだよ?」と、そのページを見せてくれたのでした。

それが理学療法士、だったのです。

高校3年生のクラスメイトと:文化祭の後で

4.コトの顛末

今でも覚えているのですが、理学療法士の紹介が書いてあったのは、その進学雑誌の1/4ページほど。

よく読んでも、正直、何となくでしか分かりませんでした。理学療法士という仕事の具体的な内容が。

そりゃそーですよ。母に紹介されなきゃ、知らなかったわけですし、自分自身や身内の誰かが、理学療法や医学的リハビリテーションを受けた経験もない。

そして、ボクが住んでいる地域にある病院に、理学療法士が存在(?)しているかどうかも分からないくらいの認識だったのですから。

何度も言います。1990年代後半ですから(笑)

ただ、逆にそーゆー事実がボクに火を着けました!

なんだか面白そう!
ニッチだよね?知ってる人、少ないよね?
誰かが敷いたレールというより、自分が開拓できそうだよね?

やってやろうじゃないの!
自分、試してみようじゃないの!

いや、ミーハー(古っ)と言われてもいいです。事実、ミーハーですし。新しいもの好きですし。

人と違うことがしてみたい…そんな思いが、ボクの根底にはあって(今もそうかもwww)それが勢いをつけた、と思っています。

高校卒業間近の頃

おわりに

母には「国立で!」と言う、強い要望(要求?!)がありました。

当時、理学療法士の養成校で国立といえば、国立大学の多くが、医療従事者を養成する短期大学部を併設しており(医療技術短期大学部)、ボクは、その一つに補欠合格し(笑)、無事に入学することができました。

正直言って、今の時代、こんなフザケた理由で理学療法士になる人は、いないと思います。いるかも知れませんが、僅かでしょう(笑)

ただ、なんだかんだ、理学療法士を20年以上、やってきたというのは、ある意味、運命的な出会いだったのでしょう。

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勝水@「勇者の部屋」 😚あなたの小さな幸せを少しだで分けてくださいませ😁