クルーズ船で3人が死亡した「ハンタウイルス」とは何か──知っておきたい基礎知識
2026年5月、大西洋を航行するクルーズ船でハンタウイルスの感染者が相次ぎ、3人が亡くなりました。一般の方の多くは「ハンタウイルスなんて聞いたことないよ、なにそれ」という状況かと思われるウイルスについて、できるだけわかりやすく解説します。
今、何が起きているのか
2026年5月2日、世界保健機関(WHO)は、大西洋を航行するオランダのクルーズ船「MV ホンディウス」でハンタウイルスの感染者が確認されたと発表しました。乗客・乗員147人のうち7人が感染疑い(うち2人は検査で確定)となり、3人が死亡。船は西アフリカのカーボベルデ沖に停泊し、乗客は下船できない状況が続きました。
昨年(2025年)にも、アメリカの俳優ジーン・ハックマンの妻がニューメキシコ州でハンタウイルス感染により亡くなったことが話題になりました。それ以来、少しずつ注目度が高まっているウイルスです。
ハンタウイルスとは?
ハンタウイルスは、ネズミなどのげっ歯類が体内に持つウイルスです。人間には、ネズミの尿・糞・唾液が乾燥してほこりになったものを吸い込むことで感染します。虫刺されや食べ物からは感染しません。
このウイルスは世界中に存在しており、種類によって引き起こす病気が少し異なります。
大きく分けると2種類の病気があります。
肺に症状が出るタイプ(ハンタウイルス肺症候群:HPS) 主に南北アメリカ大陸で見られます。Sin Nombre ウイルスや Andes ウイルスが原因で、急速に呼吸困難・肺水腫・ショックに進行することがあります。死亡率が高く、最悪のケースでは感染者の約35〜40%が亡くなります。今回のクルーズ船の事例もこのタイプが疑われています。
腎臓に症状が出るタイプ(腎症候性出血熱:HFRS) アジア・ヨーロッパに多いタイプです。発熱・出血傾向・急性腎不全が主な症状。死亡率は種類によって異なりますが、肺タイプよりも全体的に低い傾向があります。日本でも散発的な報告があります。
感染症危険度としての分類
基本的に人から人への感染の可能性が低い感染症ですので、最も高いバイオセーフティレベル4のエボラウイルスやラッサウイルスより一段低いレベル3に分類されています。我が国の感染症予防法では4類感染症に分類され、キタキツネから感染するエキノコックス、マダニから感染し死者も報告されている重症熱性血小板減少症候群(SFTS)、その他狂犬病、デング熱などと同じ分類となります。
感染するとどうなるの?
ハンタウイルスに感染すると、だいたい1〜8週間の潜伏期間(ウイルスが体内に入ってから症状が出るまでの時間)を経て発症します。8週間って長いですよね💦
最初は風邪やインフルエンザに似た症状が出ます。
発熱・悪寒・強い倦怠感
頭痛・筋肉痛(特に太ももや腰)
吐き気・嘔吐・下痢
この段階では「ただの風邪かな」と思いやすいのが怖いところです。
肺タイプの場合、数日後に急に呼吸が苦しくなります。肺に水がたまり、酸素が足りなくなる状態(急性呼吸窮迫症候群:ARDS)に陥ることがあり、そこからの悪化が非常に速いのが特徴です。適切な集中治療を受けられるかどうかが、生死を分けます。
腎臓タイプの場合は、発熱→血圧低下→尿が出なくなる→尿が増えすぎる→回復、という経過をたどることが多いです。
人から人にうつるの?
ほとんどのハンタウイルスは人から人にはうつりません。「ネズミ→人」という一方向の感染です。
ただし、例外が1つあります。Andes ウイルスというタイプだけは、人から人への感染が確認されています(南米チリ・アルゼンチン中心)。今回のクルーズ船事例でも、Andes ウイルスの関与が疑われており、WHOがウイルスのゲノム(遺伝子情報)を解析中です。
WHOは現時点での世界規模の感染リスクを「低い」と評価していますが、引き続き状況を注視しています。
治療法はあるの?
残念ながら、2026年現在、ハンタウイルスに特化した承認済みの治療薬やワクチンはありません。
治療の中心は「支持療法」、つまり症状を緩和しながら体が回復するのを助けることです。酸素投与、特にHPSでは前述のようにARDSを発症することがあるので、人工呼吸器、また重症例ではCOVID-19流行の際に話題となったECMO(体外式人工肺)が使われることもあります。
腎臓タイプ(HFRS)については、「リバビリン」という抗ウイルス薬が早期投与で一定の効果が認められており、中国・韓国では使用されています。ただし肺タイプへの有効性は現時点では確立されていません。
研究面では前向きな進展もあります。2026年2月に米テキサス大学オースティン校の研究チームが、Andes ウイルスが細胞に侵入する際に使うタンパク質構造を原子レベルで解析したと発表しました。これはワクチンや抗体治療薬の設計に向けた重要な一歩で、今後の開発が期待されています。
どんな人が感染しやすいの?
ハンタウイルスは「どこにでもいる病気」ではありません。主なリスクはネズミとの接触です。
具体的には次のような状況で感染することがあります。
長期間使っていなかった倉庫・山小屋・車内の清掃
野外でのキャンプ(げっ歯類が多い場所)
農作業・畑仕事
ネズミの形跡がある場所での住居掃除
我が国では1960年〜80年代にかけて100例以上の感染が確認されたようですが、1984年以降の報告はないため今のところ国内で発生する可能性は低いと見られます。
自分を守るために何ができる?
と言いつつも一応感染予防のポイントを記載しますと「ネズミとの接触を断つ」に尽きます。
清掃・作業をするとき 換気の悪い屋内(倉庫・小屋など)を掃除するときは、まず30分以上換気してから作業を始めましょう。マスク(できればN95規格のもの)、手袋、長袖を着用することも大切です。乾いた状態で掃くと、ウイルスが空気中に飛散してしまうため、乾燥した掃き掃除や掃除機の使用は避けてください。消毒液(次亜塩素酸ナトリウム希釈液など)を噴霧してから、湿らせた状態で拭き取る方法が推奨されます。
ネズミを家に入れない 1cm以上の隙間があればネズミは侵入できます。家の外壁の小さな穴や隙間はしっかり塞ぎましょう。食べ物はネズミが入れない密閉容器で保管し、住みかになる荒れた場所を作らないことも有効です。
クルーズ船事例を受けたWHOの呼びかけ WHOは今回の事例を踏まえ、関係する乗客・乗員に対して手指衛生の徹底、45日間の症状モニタリング、症状が出たら医療機関への相談を呼びかけています。
まとめ
ハンタウイルスは「怖いけど、自分には縁遠い」と思いがちなウイルスかもしれません。でも今回のクルーズ船事例が示すように、意外な場所で感染リスクがゼロではないことがわかります。
重要なポイントをまとめると次のとおりです。
ネズミの尿・糞・唾液の乾燥したエアロゾルを吸い込んで感染する
ほとんどのタイプは人から人にはうつらない(ただし Andes ウイルスは例外)
肺タイプ(HPS)は死亡率が高く、早期の集中治療が命を救う
現時点で承認された治療薬・ワクチンはなく、支持療法が基本
予防の鍵はネズミとの接触を避けること、特に閉鎖空間の清掃時の対策
ハンタウイルスに関する情報は現在も更新中です。WHOや国立感染症研究所の最新情報も合わせてご確認ください。
この記事は2026年5月時点の情報をもとに作成しています。医療上の判断については必ず医師・医療機関にご相談ください。
