選択肢のない人生──『蟹工船・党生活者』読書感想文
マルクス・エンゲルスの『共産主義宣言』を読んだ時に、プロレタリアという言葉の持つ意味をきちんと知った。
そういえば、プロレタリア文学というジャンルがあったよなということを朧げに思い出し、かつその代表格として小林多喜二という人を学校で習ったなと連想的に記憶が蘇ってきた。
改めて小林多喜二のことを調べると、その人生、最期は壮絶の一言。
なぜ、自身の身を危険に晒してまで、社会や体制に“目をつけられる”ような活動に徹頭徹尾身を投じたのか。
その切実さが、私にはまったくわからなかった。
でも、この『蟹工船』を読むことで、その理由がわかった。
現代の「労働者」という言葉が一般的に指すものの非にならないほど過酷な状況に置かれた当時の「労働者」が、人間らしく生きる術を獲得するためには、“反抗”“抵抗”と呼ばれるような行為しか選択肢がなかったのだと。
選択肢など存在しない人生
家の継手ではない貧農の次男・三男は、家に齧り付くこともできず、仕方なく“出稼ぎ”をしに北海道に渡る。しかしなけなしの賃金はその日暮らしと少しの享楽に消えていく。稼ぐ選択肢は多くないし、選べても似たり寄ったりだ。
貧しさに生まれついたものは、決して「労働を搾取される構造」から逃れられない。
秋田、青森、岩手から来た「百姓の漁夫」のうちでは、大きく安坐をかいて、両手をはすがいに股に差しこんでムシッとしているのや、脚を抱えこんで柱によりかかりながら、無心に皆が酒を飲んでいるのや、勝手にしゃべり合っているのに聞き入っているのがある。──朝暗いうちから畑に出て、それで食えないで、追払われてくる者達だった。長男一人を残して──それでもまだ食えなかった──女は工場の女工に、次男も三男も何処かへ出て働かなければならない。鍋で豆をえるように、余った人間はドシドシ土地からハネ飛ばされて、市に流れて出てきた。彼等はみんな「金を残して」内地に帰ることを考えている。然し働いてきて、一度陸を踏む、するとモチを踏みつけた小鳥のように、函館や小樽でバタバタやる。そうすれば、まるッきり簡単に「生れた時」とちっとも変らない赤裸になって、おっぽり出された。内地へ帰れなくなる。彼等は、身寄りのない雪の北海道で「越戦」するために、自分の身体を手鼻位の値で「売らなければならない」──彼等はそれを何度繰りかえしても、出来の悪い子供のように、次の年には又平気で(?)同じことをやってのけた。
想像を絶する過酷すぎる環境
そんな彼らに与えられる労働の選択肢は、陽の光をほとんど浴びず、有毒ガスが発生しているかもしれず、事故が多発する『炭鉱』か、老朽船で嵐の吹き荒ぶオホーツク海へ乗り出し、漁と食品加工を行う『蟹工船』か。
いずれにしても常軌を逸する長時間労働と命の危険と隣り合わせで、しかも安全策など端から用意されていない使い捨て前提のような過酷な環境だ。
──蟹工船はどれもボロ船だった。
労働者が北オホツックの海で死ぬことなどは、丸ビルにいる重役には、どうでもいい事だった。資本主義がきまりきった所だけの利潤では行き詰り、金利が下がって、金がダブついてくると、「文字通り」どんな事でもするし、どんな所へでも、死物狂いで血路を求め出してくる。そこへもってきて、船一艘で、マンマと何拾万円が手に入る蟹工船、
──彼等の夢中になるのは無理がない。
逃げ場のない船上で、労働者を取り囲む状況はあまりに酷い。
船の持ち主である営利企業の監督者が気にするのは「出来高」で、労働者のコンディションなどお構いなしに、粗末な食事、酷い衛生環境のもと、時に20時間にも及ぶ労働が課せられる。
朝は寒かった。明るくなってはいたが、まだ三時だった。かじかんだ手を懐につッこみながら、背を円るくして起き上ってきた。監督は雑夫や漁夫、水夫、火夫の室まで見廻って歩いて、風邪をひいているものも、病気のものも、かまわず引きずり出した。
風は無かったが、甲板で仕事をしていると、手と足の先きが擂粉のように感覚が無くなった。
雑夫長が大声で悪態をつきながら、十四、五人の雑夫を工場に追いこんでいた。彼の持っている竹の先きには皮がついていた。それは工場で怠けているものを機械の枠越しに、向う側でもなぐりつけることが出来るように、造られていた。
「昨夜出されたきりで、ものも云えない宮口を今朝からどうしても働かさなけアならないって、さっき足で蹴ってるんだよ」
生命の尊重のカケラもない扱い
前述の通り、労働者には人権はない。金で買われた「もの」でしかない。漁船(川崎船)を失うことは痛手だが、代わりのきく労働者を失うことは痛手ではないというおぞましいまでの利潤ファーストな考え方が徹底してそこにある。
一艘は水船になってしまったために、錨を投げ込んで、漁夫が別の川崎に移って、帰ってきた。他の一艘は漁夫共に全然行衛不明だった。
監督はプリプリしていた。何度も漁夫の室へ降りて来て、又上って行った。皆は焼き殺すような憎悪に満ちた視線で、だまって、その度に見送った。
翌日、川崎の捜索かたがた、蟹の後を追って、本船が移動することになった。「人間の五、六匹何んでもないけれども、川崎がいたましい」かったからだった。
──内地では、労働者が「横平」になって無理がきかなくなり、市場も大体開拓されつくして、行詰ってくると、資本家は「北海道・樺太へ!」鉤爪をのばした。其処では、彼等は朝鮮や、台湾の殖民地と同じように、面白い程無茶な「虐使」が出来た。然し、誰も、何んとも云えない事を、資本家はハッキリ呑み込んでいた。「国道開たく」「鉄道敷設」の土工部屋では、虱より無雑作に土方がタタき殺された。
鉱山でも同じだった。──新しい山に坑道を掘る。そこにどんな瓦斯が出るか、どんな飛んでもない変化が起るか、それを調べあげて一つの確針をつかむのに、資本家は「モルモット」より安く買える「労働者」を、乃木軍神がやったと同じ方法で、入り代り、立ち代り雑作なく使い捨てた。鼻紙より無雑作に!「マグロ」の刺身のような労働者の肉片が、坑道の壁を幾重にも幾重にも丈夫にして行った。
労働者たちの反抗
労働組合の結成など遥か先の出来事だ。
乗船当初はそもそも雇用主に楯突くことなど、頭の端にも浮かばない。
しかし過酷な労働環境の中で、同じ蟹工船に乗り合わせた労働者たちは、徐々に“反抗”を意識しはじめ、“中心人物たち”の呼びかけに呼応するように自然に組織されていく。
苦しくて、苦しくてたまらない。然し転んで歩けば歩く程、雪ダルマのように苦しみを身体に背負いこんだ。
「どうなるかな⋯⋯?」
「殺されるのさ、分ってるべよ」
「⋯⋯」
何か云いたげな、然しグイとつまったまま、皆だまった。
「こ。こ、殺される前に、こっちから殺してやるんだ」どもりがブッきら棒に投げつけた。
トブーン、ドブーンとゆるく腹に波が当っている。上甲板の方で、何処かのパイプからスティムがもれているらしく、シー、シーン、シーーンという鉄瓶のたぎるような、柔かい音が絶えずしていた。
その反抗の結末は、ラストに記録書のような淡白さで列記される。
* * *
同じ文庫に所収される『党生活者』は、そんな過酷な状況に晒される労働者の解放を夢見てアカの活動する青年の話だ。
自分の活動の先にある理想と、自分の人生を犠牲にして捧げる現実。社会のならず者、はぐれ者として現実を生きる活動家の悲しい葛藤が描かれる。
(仲間の裏切りにあっての主人公の独白)
私達は退路というものを持っていない。私たちの全生涯はただ仕事にのみうずめられているのだ。それは合法的な生活をしているものとはちがう。そこへもってきて、このような裏切的な行為だ。私たちはそれに対しては全身の慨怒と憎悪を感じる。今では我々は私的生活というべきものを持っていないのだから、全生涯的感情をもって(若しもこんな言葉が許されるとしたら)、憤怒し、憎悪するのだ。
若しも犠牲というならば、私にしろ自分の殆んど全部の生涯を犠牲にしている。須山や伊藤などと会合して、帰り際になると、彼等が普通の世界の、普通の自由の生活に帰ってゆくのに、自分には依然として少しの油断もならない、くつろぎのない生活のところへ帰って行かなければならないと、感慨さえ浮かぶことがある。そして一旦つかまったら四年五年という牢獄が待ちかまえているわけだ。然しながら、これらの犠牲と云っても、幾百万の労働者や貧農が日々の生活で行われている犠牲に比べたら、それはものの数でもない。私はそれを二十何年間も水呑百姓をして苦しみ抜いてきた父や母の生活からもジカに知ることが出来る。だから私は自分の犠牲も、この幾百万という大きな犠牲を解放するための不可欠な犠牲であると考えている。
父は身体に無理をして働いていた。小作料があまり酷なために、村の人が誰も手をつけない石ころだらけの「野地」を余分に耕していた。そこから少しでも作をあげて、暮しの足にしようとしたのである。そんなことのために父はひどく心臓を悪くしていた。──私はどうしてもうつ伏せにならないと眠れないとき、自分がだんだん父と似てくるように思われた。然し父は、地主に抗議して小作料を負けさすことをせずに、自分の身体をこわしてまで働くことでそれから逃れようとした。二十何年も前のことだが。然し私はちがう。私はたった一人の母とも交渉を絶ち、妹や弟からも行衛不明となり、今では笠原との生活をも犠牲にしてしまった形である、それに加えてどうやら私は自分の身体さえそのために壊れかけいるようだ──これらは然し私の父のように地主や資本家にモッと奉公してやるためではなく、まさにその反対のためである!
このような主人公の姿に、きっと作者自身を重ねているところが多分にある作品だろうと思う。
活動を志した理由と、活動を続けねばならない使命感。しかしその大義のために、あまりに多くのものを失っているという憤怒と寂寥。
それでも立ち向かわなければならないという強い意志は、引くに引けない矜持なのか、義務感なのか、意地なのか。
ただ一つ事実なのは、小林多喜二は自分のみならず他者のために立ち上がり、その命を賭して労働者解放に努めたということ。
大義のために自らを捨てる──それは当然並大抵の覚悟ではない。小説に描かれる主人公の行動とモノローグの中に、言い表しようのない切実さと悲壮さが伝わってくる。
