生きることを純に問わざるを得なくなる──『谷川俊太郎詩選集 1』読書感想文
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感想
私が谷川さんの詩が好きなのは、「生きる」ってことを、その中の愛おしさも辛さもいいところも悪いところもぜんぶまるごと受け入れて、やっぱり愛おしいよね、辛いよねってありのままに感じさせてくれるから。
「生きていることそのもの」を感じさせてくれるから。
詩は一編のすべてがあって完成するものであり、一部引用はあまりよくないと思いつつ、特に好きなフレーズを書き留めます。
「六十二のソネット」より
41
〜前略〜
陽は絶えず豪華に捨てている
夜になっても私達は拾うのに忙しい
人はすべていやしい生まれなので
樹のように豊かに休むことがない
〜後略〜
この詩のラストは「在ることは空間や時間を傷つけることだ そして痛みがむしろ私を責める 私が去ると私の健康が戻ってくるだろう」と結ばれるのですが、自分の存在を否定しているようで、その実けっして否定していないと私は解釈する。
ただ純粋なありのままの「私」ありのままの「存在」を描いているのだと。
誰が
〜前略〜
誰が決めるのか?
正と不正とを
もっともらしい美文調で
みんなその誰かを探している
自分以外の誰かを──
「自分以外の誰かを──」
ラストでハッと、突き落とされる。
何度読んでも、脳内に繰り返すフレーズ。グサッとくる。
旅7
〜前略〜
見える通りに感ずるなら
すべては美しく輝くだろう
見える通りに書けるなら
時はとどまるだろう
でも、「私たちはけっして見える通りには書けないだろう」。
そんな見えないラストフレーズの見える詩。
後悔 ──五つの感情・その一
〜前略〜
せめて上手に後悔しようと
過去を苦い教訓に未来を夢見る事は
あの日のあなたのかけがえのない
こわれやすい愛らしさを裏切ることになる
〜後略〜
私たちは過去の過ちを埋めることばかり考える。
言葉で誤魔化したり、なかったことにしたり。
そんなことしたってただ虚しさが増すばかり。
過去そのものを、過去そのままに受け止める強さがあればいいのに。
この詩を読むとそう思う。
空に小鳥がいなくなった日
ヒトに自分がいなくなった日
ヒトはたがいにとても似ていた
ヒトに自分がいなくなった日
ヒトは未来を信じつづけた
空に小鳥がいなくなった日
空は静かに涙ながした
空に小鳥がいなくなった日
ヒトは知らずに歌いつづけた
ゾッとするというか、身をつまされるというか。
ラストの段は本当に怖い話でしかなくて。
そうやって無自覚に、正常性バイアスをもってあらゆることを錯覚して、私たちは生きているんだっていうことに、向き合わされるから。
