忘れない記憶には、きっと何か意味がある──『胎内記憶』読書感想文
※ネガティブな文脈ではありませんが、本文中に流産に触れている箇所があるため気になる方は閲覧をお控えください。
産科医である著者が臨床での経験とアンケート(2000年代に実施)をもとに語る”胎児の時の記憶”。
出生前後の記憶の種類
著者が見聞きした多岐にわたる出生前後の記憶は、大まかに下記の3つに分けられるといいます。
①胎内〜誕生〜新生児・乳児記憶
②精子または卵子・受精記憶
③中間生・過去生記憶
②③は多分にスピリチュアルな面も含んでいますが、①〜③共に実体験からいろいろ思うところがあるので、自身の記録としてここに書き留めておこうと思います。
母親と胎児は繋がっている
まずは①について。
私は4回の妊娠と、3人の子どもの出産を経験しています。
(2人目を初期流産していますが、初期流産は20代でも15%以上の確率であるといわれており、そう珍しくはないことです)
本書によると、胎児は12週頃から味覚が、15〜16週頃から嗅覚が、20週頃には聴覚が機能しているそうです。
皮膚感覚も18週で大部分が機能しており、33週では全身に及んでいるとのこと。
著者がとったアンケートの中にも、「ママの声、聞こえたよ」「(外が)うるさかった」「くさかった」「あたたかかった」など、すでに人間としての感覚を備えている胎児の時の記憶を語る子どもたちのコメントがたくさん出てきます。
お腹の中にいる胎児であろうが、外に出てきたばかりの新生児であろうが、すでに存在する感覚で世界を捉えていることは自然なことに感じます(それを記憶に留めていることはとても珍しいと思いますが)。
思えばうちの子どもたちは、お腹の中にいる時から個性が分かりやすく出ていました。
性根が優しいけどかまってちゃんな長男は
遠慮がちにお腹をいつもグーっと押ていましたし、
好奇心旺盛で向こうみずな長女は
遠慮なしにお腹をバンバン蹴ってましたし、
兄妹で一番宵っ張りな次女は
いつも夜に活動していました。
お腹の中にいる時からもう一人前の人間なんだなって、私は思います。
そのようにすでに”自己”が完全に備わっているようにみえる胎児ですが、本書中の記述によると「陣痛を起こすのは誰が決めるの?」という問いに対し、ほとんどの子は「自分(子ども)が決める」と解答するらしいです。
私の子どもたちの場合は、いつも”お願い”をすると出てきてくれました。
長男の時は、夫が家にいるタイミングで。
長女の時は、長男が保育園に行っているタイミングで。
次女の時は、クリスマスを家族で迎えて、正月が来るまでに退院できるタイミングで。
いずれも産休でやりたかったことをおおよそ片付けて、周期もだいたい満ちた頃に「そろそろいいよ〜頼んだよ〜」と心の中で思うと、次の日に陣痛が来ました。
「うちの子、超空気読めるじゃないかwww」と思ったものです。
物理的な身体感覚や機能ではなく、母親の感情や気持ちといったカタチのないものから察知して行動してくれる胎児。
臍の緒を通して母子が一体化している妊娠中ならではの貴重な体験なのかもしれません。
魂の存在
先に述べたように、私は長男が2歳の時に一度流産しています。
その時の経験から、私は魂というものの存在を信じるようになりました。スピリチュアルなものは信じないたちですが、自分が経験したことは別です。
その時のエピソードを書きたいと思います。
10年ほど前のある日、2歳を過ぎたばかりの長男が寝入り際に言いました。
「お腹に赤ちゃんがいるよ」
数週間後、病院で正式に妊娠が判明しましたが、長男が発言したタイミングはちょうど着床の時期。母親でも絶対に妊娠を自覚できないようなタイミングです。
病院で妊娠が確定して数日経った頃、ふと長男に質問してみました。
「お腹に赤ちゃんいる?」
すると今度はきっぱりと「いない」と首を振ったのです。
──次に病院を受診した時、赤ちゃんの心拍は取れませんでした。お腹の中に胎児が残ってしまうタイプの稽留流産と言われるものでした。
初期流産はよくあること。
そう頭ではわかっていても、流産という事実はめちゃくちゃショックでした。手術までは胎内に赤ちゃんがいる状態なので、つわりも残ります。
「なんのためのつわりだろう」と、涙がボロボロでました。
ひとしきり泣いた後、ふと思いました。
長男はあるタイミング以降、「赤ちゃんはいない」と一貫して言っていました。
「じゃあ、私のお腹の中に残っている”もの”はなんだろう? これは、赤ちゃんではないのだろうか?」
その時、魂と呼ばれるものの存在が人間の本質であり、身体は単なる物質としての肉の塊──器にしか過ぎないのだと、そう思いました。
私たちの元に来るはずだった魂は、器が生存に耐えきれなかったために一度安全な場所へ還っていったのだと思うと、少し心が休まりました。
その三ヶ月後、長女を妊娠。
こちらが聞いてもいないのに長男は律儀にも寝入り際に「赤ちゃんがいるよ」とまた予言しました。それは前回と同じく、逆算するとちょうど着床の時期でした。
そして長女はいなくならずに無事にこの世に誕生してくれました。
二度も魂の行き来を言い当ててくれた長男の不思議な力は、その後すっかり失われてしまったようです。
長女も次女も出生記憶や胎内記憶を語ってくれることはなく、結局二番目の子の魂が長女として戻ってきてくれたのか、次女として戻ってきてくれたのか、はたまたいつかどこかでまた出会える魂なのかはわからないままですが。
この経験から、この世には科学でも説明できない何かが確実にあるのだと、不思議な余白のようなものに気づかせてもらえました。
『胎内記憶』の中で語られる、いわゆるスピリチュアル系に分類されるだろうエピソードも、「そんなの嘘だ」とはなから否定するようなことはないと思うのです。
きっと、そういう記憶を持って生まれてきたことに、何かしら意味があるのではないかと。
死んでもなお自分と大切な人たちの魂とが巡り巡って出会える奇跡がもしかしてずっと続いてくれるのかなと思える方が、なんとなーく幸せな気持ちで生きられますからね。
