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あらゆる方向にはたらかせねばならない倫理──『脳研究最前線』読書感想文

脳とは何か。
この未だに全く全容が解明できない問題に対し、科学者たちが果敢に挑戦しているその経緯を本書はダイジェストで伝えてくれます。


書籍データ

要旨と感想

「(脳)神経科学」と呼ばれる分野においては、電気・化学物質など脳をコントロールする要素の発見を経て、今はさらにその先の"脳の構造"やその仕組みの解明へと研究が進められている。
※脳の仕組みを解明するために、爆発的な進化を遂げているコンピューターのシミュレーションが欠かせないことはAI等他の書籍でも言われている通り。

そんな未知だらけの研究の最中に身をおく著者のいかにも科学者らしい下記の態度は、そうだよなと思わせるし、痛快です。

(哲学者がハードプロブレムと呼ぶ「意識は脳という物理的なものからどのように生じるのか」という内容は問題にすらならないと述べた上で)
一つの実験哲学が我々を導く先は、むしろ現実の連続性です。
それは、さまざまな哲学が、さまざまな状況下では妥当であるということを許容できるくらいに柔軟なものです。


脳と身体はひと続き

脳と身体の間の流動性は、私たち人間の進化の特徴です。またそれは、探索し、拡大し、知識獲得の文化と呼べるものをつくり上げてきた人言という種としての成功であり、神経科学もその文化のなかにある研究の一つなのです。芸術から化学まで、私たちは「ものごとをどのように把握するか」という感覚に頼っており、これらが世界を探索する方法です。そのプロセスはときに単調でつまらなく、地道で華やかさにかけるのも事実です。

脳の行う認知や探索という行為は、私たちが人間であることにすべて起因していると著者はいいます。

社会的生存能力は基礎的な機能の一つです。〜中略〜この能力によって、協力関係を築き他者と愛情を形成して、この世界に立つ足がかりを得るのです。ということは、神経行動システムのすべてが社会的能力に関連していてもなんら不思議ではありません。

人間であるということはすなわち常に外界と接触し、他者の中で生きる社会的な生物であるということ。そんな人間の脳は生きるために、下記の機能を持つそうです。

  • 受動的ではなく能動的に動く

  • 反応するだけでなく予測する

  • 学習したり期待したりすることによって修正される

特に3点目の「脳の可塑性」は脳を語る上での重要なキーワードなのだと理解しました。
自発的な変化を前提としたシステム。人間が意図して創り出すものには決して搭載できない機能だと思います。すごいですよね。


人間であることを超える技術

脳研究の生成物として、SFのような発明が既に実現しているということが本書でも取り上げられているので紹介します。

一つ目は、他者の脳との交信システム。
2013年ワシントンの大学で行われた実験では、デバイスを介して「指先を動かしてキーボードを操作したい」というAの考えが、離れた場所に座るBの指を動かしたという結果が出たとのこと。
さらに高度な「イメージ」を共有することができるようになるのも時間の問題だというのが実験を主導する研究者の考えなのだそうな。

二つ目は、最新型の戦闘機に搭載されている情報解析システム。
大量のデータから解析された情報をパイロットが最善な判断を下せるように提供するというこのシステムは、しかし今の段階では「当然ながら、搭載されているコンピューターが使用するアルゴリズムと、提供された情報を最大限に活かすパイロットのスキルの両方に多くを依存しています」というように、活用部分をすべて人に依存しています。
次のステップとしては、その情報をいかにパイロットにシームレスに与えるかというところだそう。


あらゆる方向に倫理をはたらかせないとダメなやつ

このような脳に関する研究は、さまざまな観点で倫理的問題を含むと随所で著者は述べています。

研究の過程においては、自然界にはありえない化学物質の投与、DNAの組み替え、死後数時間経った脳の再生といった手法が用いられ、それが脳科学の発展に寄与している。
まずはそういった実験のあり方に対する問題。

また、発明された技術の活用に際しての問題。
例えば、脳の治療の途上で、装置や薬品が当人の脳に介入した際にどこまでが「本人の意思なのか」。
試験的に新開発の装置を試す取り組みで治療がうまくいったとして、試験終了時にそれを取り除かなければいけない時にどうするか。そのまま続行したとして、装置の不具合やメンテナンスは誰の責任になるのか。

先ほどの戦闘機のように、その技術が「結果的に何を目的にしているのか」という部分に対しての問題ももちろんあると思います。
(戦闘機の技術進化がもたらすものは殺傷能力の向上でしかないので)

テクノロジーの進化においては、この発明と活用の間にあるジレンマはそんなに珍しくはないと著者も述べていますが、ことに本書で取り上げられる研究とその成果は人間の根本を左右する「脳」に関するものだからこそ、よりその問題部分が重いのだといえます。

そして前述の通り、倫理観を向けるべき方向も、対象に対してだったり結果に対してだったり目的に対してだったりさまざまです。

そのような倫理への問いは、むしろ本来の脳神経科学の研究そのものよりも複雑で、明快な答えがない大きな問題なのだと言えるのかもしれません。


未知に取り組むということ

本書を読むと脳神経科学はまったく未知数の分野であることがわかります。
その分野に取り組む著者の態度は、私にも気づきを与えてくれます。

古い理論を統合するという手法は新しいものに取り組む態度としては甘い。実験からもたらされる事実をありのままに受け入れ、古い理論に囚われないことが大切。


最後に、印象に残ったフレーズを。
私たちが生きるために進化し成長するのが「脳」という存在なんですよね。

問題解決は社会的な行動です。完全に孤立した発明家や創作家など伝説にすぎません。他者を観察しそこから学ぶことは、人間だけでなく数多くの哺乳類にとって必要なことです。


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