わからないことを理解しようと努める重要性──『イノベーションスキルセット』読書感想文
「今、ビジネスパーソンの資質としてなにが求められているか」に対する一つの解答を得られる本。
書籍データ
要旨と感想
「売り切り型」のビジネスから「サブスクリプション型」のビジネスへとサービスの主流形態が移行し、最先端のデジタル技術とハードウェアの技術を絶妙に結合させたプロダクト・サービスを提供できる企業が主役になる時代。
今、企業に必要な姿勢を著者は下記のように述べます。
いま企業は、顧客の課題を解決し、使い心地がよく、かつ企業哲学を体現したようなプロダクトとブランドをつくる必要があります。そのことを通してはじめて「長く使い続けられる」というゴールが達成されるからです。
このようなプロダクトとブランドを育てるために重要なことが、今までは個々に専門性が分離していた「ビジネス(B)」「テクノロジー(T)」「クリエイティビティ(C)」の3領域を有機的に結合させること。
この異分野の統合を担う人材が「BTC人材」であり、その人物像とそれに至る道筋が本書の主題になっています。
いわゆる昨今言われている「イノベーション人材」「DX人材」の詳細定義という感を受けましたが、まさにそこが巷の話には説明として抜けている部分であると感じていたので、納得度高く読みました。
「BTC人材」は時代のキーパーソン
現代のビジネスを成功させる必須項目として、既存のマーケティングのベーシックな観点「4P」に、5つめのP「顧客体験」がとして加わっている。この5Pはそれぞれが独立するのではなく、全体に連携し、バランスよく揃うことが肝心。
さらに領域の広がりもスピードも加速度的に上がっている現代のものづくりは企業間の提携や統合が前提になってきている。
で、「ユーザーに喜ばれるプロダクト」をつくるための要素がこのようにどんどん多岐にわたるようになると、プロジェクトチーム内の衝突や不理解の調整がイノベーションへの取り組みにおいては一番の課題になってくる。
(ここめちゃくちゃわかります!!)
そういう状況下においては自然、必須事項間の相互の橋渡しをし、対立でも妥協でもない形で最善の解を探れる人材が重用される。
それがBTC人材です。
BTC人材になるには、当然領域を跨いだ理解が必要になります。
2つの領域を行ったり来たりする越境人材が、イノベーションの起点になることが多いのは、新結合がそのような人たちの脳内で自然に起こってしまうからです。
当然、全部が網羅できる人はいません。
自分の知らない分野へのリテラシーを高め、他分野の言い分を理解することができる「耳」をつくることが重要です。
まず着手すべき項目としてこの部分を理解し行動することが、ファーストステップとして非常に重要だと思いました。
※その後「最終的にはその道のプロフェッショナルとも互角に議論できるレベルを目指してください」とさらっと書いてあり、まあ気が遠くなりますけど。千里の道も一歩から感がすごい……
「知らない分野のことを知る」
たったの一文ですが、これほど難易度の高いことはないと思います。
さてどのようにステップを進めていくか。
本書の中にヒントがいくつか散りばめられています。例えば……
チャレンジする際にありがちな「自分の無力感」を緩和する
100%チャレンジとするのではなく、自分の得意領域を安全ゾーンとして50%残す。残りの50%をチャレンジ枠とする。チャレンジのジャンプ率を低くする
自分が得意とする領域と親和性のある箇所から越境する。例えば体験設計をベースに、アウトプットの形をwebから空間に変化させるなど。
上記はわりと実践しやすそうですね。
他に「みんながその人を助けたくなる人間的魅力」という観点も挙げられていて、それは割と生来のものでは……!?ってなりましたが。
まあでも一生懸命物事に取り組む人に嫌悪感を抱く人は少ないですよね。要は、物事に真剣に取り組む態度ということなのでしょう。
開発のジレンマ
「デザインの理想と制作現場のリアリティを埋める」
という一文が本書の中にありましたが、世の中のサービス・プロダクト開発のジレンマはほぼここに集約されるのではと思います。
これまで大半の日本企業は「BT」部分で成長と収益を生み出してきました。
しかし前述の通り、昨今は5つめP「顧客体験」を理解するために必要な「C」を無視するわけにはいかなくなっています。
そもそもロジカルな思考をベースとするBTと観察や感覚(美意識)をベースとするCは、物事の捉え方からして真っ向から対立する構図ですし(本質的にはそんなことなくてもぱっと見そう見えることは事実)。
──そういうわけで、BT文化にC文化を取り入れるというハードルはとても高いと著者は述べています。
では、その乖離をどう埋めていくのか。
その方法の一つ、BTに対してCの理解を得るための一つのツールが「デザイン思考」であるという著者の主張はかなり頷けました。
デザイン思考が得意とするのは、人間中心思考で取り組む課題解決型のイノベーション、そしてチームワークの土台の提供です。
「他者理解促進のために利用するツールである」という説明は、いままで私が見たデザイン思考の活用法の中で一番しっくり。
また、どんどん広義化しているデザインという言葉を一括りにする乱暴な言説が多い中で、本書ではBT分野と絡む前の既存のデザインを下記のように明快に整理されているのも非常にわかりやすかったです。
クラシカルデザイン(Iのデザイン)
物理世界のデザイン。
個人の力に強く依存する。圧倒的な美しさやオリジナリティの高い世界観をもつ審美性が重視される。デザインエンジニアリング・ビジネスデザイン(Weのデザイン)
デジタル世界のデザイン。
システムとユーザーの関係性に着目し、システムの使い勝手を上げ、ユーザー体験を向上させることが重視される。
ここでのデザインはほぼクリエイティビティ(C)と同義で扱われており、BTCのCには上記の2つどちらも欠けてはいけないのですが、改めてこうやってデザインを2軸に分類して理解することで、実際問題この2つの間にも対立があることや、他分野から混同されている実情があることも、事態を複雑化させる要因なんだろうなと改めて感じました。Cの中においても「他者理解」「越境」が必要なんだなと。
後天的に「センスの獲得」って可能なもの?
さて、BTC人材への道として、「リサーチ」「プロトタイピング」のようにペーパーや実践で手に入れられる知識はともかく。
センスはどうでしょうか?
著者は、自身が腑落ちしている言葉として「センスはジャッジの連続である」という言葉を挙げます。
ジャッジすることは、なぜその人はそう考えるのか。自分ならどうするかを考え続ける作業。それを日常的に意識し、訓練を積むことが自ずとセンスの獲得につながるのだと。
それでも圧倒的なセンスをもったビジョナリーな人材には、なかなかなれるものではないと思います。しかし、世の中に求められる人材には努力次第でなれるのではないかと思わせてくれるのが本書。
BTCの間で対立や選択の場面が起きた時に、多分野の言い分を理解し、最終目的を理解し、ステークホルダーの気持ちを下げることなく最終ゴールに行き着かせることのできる人材(により近づくこと)。
これがビジネスパーソンの生きる道であり、ちょっとずつ着実に他分野に近づいていくことが肝要なのでしょう。
「わかりません」ではなく、「わからなければわからないなりにコミュニケーション」する。
当たり前のようでいて、意外とできていないことですよね。
「他者理解」が今の世の中を生きるキーワードであり、そのために自分のペースで地道に知識獲得と実地試験を繰り返すことが大事なのだと、私は本書の内容を受け取りました。
気になった言葉
イノベーションを生み出すもの
独創的なアイデアが無から生まれるというイメージがつきまといますが、実際にはそういうパターンはほとんどありません。多くのイノベーションは、以前から存在していたが、普段出会うことのない複数の要素が、独特の形で出会い、結合することで価値化するパターンです。
引き算しましょう
日本企業に目を受けるとやることばかりが増えていて、そこで働く人たちも、一体何をやっているのか方向性がわからないというようなカオス状態に陥っている企業が少なくないと感じています。これは「引く」作業が欠落しているからではないかと思います。
