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お手軽イノベーションは存在しません──『デザイン思考が世界を変える』読書感想文


書籍データ

著者はデザイン・ファームIDEOのCEO兼社長(当時)のティム・ブラウンさん。

「デザイン思考」という言葉は、ビジネスの一般的な用語としてすっかり定着してきている感がありますね。
しかし、現実にはいろいろな「もやりポイント」がありそうなワードでもあります。

「デザイン思考ってイノベーションを生むんでしょ?」
「なのに、あんまり効果ないみたい」
っていう論調が多いような……

ということで、日本ではまだデザイン思考黎明期だった10年前に刊行された本書を手にとってみました。

デザイン思考とは何か?

デザイン思考は探究のプロセスだと著者はいいます。

プロセス──つまり、目的を達成するための一つの方法論なのだと。
他のどの方法論にも当てはまることですが、デザイン思考自体は当然万能ではないのです。
(改めて言うまでもなく、当たり前ですけどね……)

デザイン思考は人間中心に実に様々な角度から問題を捉え、発散したアイディアの中から「選択」し、「試行」と「改善」を素早く繰り返すプロセスです。

社会や企業や個人が抱える問題が複雑化する今の世の中におけるデザイン思考の有用性という点で、本書にも引用されている『インテグレーション・シンキング』でロジャー・マーティンが述べている一言が非常に的を得ているなと思いました。

相反する考えを対比させて新しい解決策を導く思考ができる人は、ひとつの考えしか追えない人よりも、困難な問題に取り組むときに優位に立てる

デザイン思考のメリットは、実は「ハマれば非常に大きな突破口になる可能性を秘めていること」ではなく、「この知見を手に入れた人間が複雑性の高い世界を生きるためのアドバンテージを一つ手に入れられること」なのではないかと私は思います。

デザイン思考の価値が最大化する時

この記事の冒頭で取り上げた
「デザイン思考ってイノベーションを生むんでしょ?」
「なのに、あんまり効果ないみたい」
という論調。

そんな言葉が聞こえる原因としては、「実現」部分が置き去りにされていることが理由として挙げられると思います。「アイデアはすばらしいが実行がお粗末」という事例が数多くあるという内容の記述は本書の中にも見受けられました。

なぜそのような事態に陥ってしまうのでしょう。

デザイン思考とは、デザイナーと呼ばれる職能を持つ人々がこれまでに暗黙知としてその中に温めてきた「着想」「発案」「実現」を渡り歩くための技術を、形式知(ツール)化したものだと私は捉えています。
より汎用的で一般化したプロセスをもとに、発散的思考と収束的思考をリズミカルに行き来することで、解決策をより緻密にしていく作業。

その一部だけが引き伸ばされて、
「誰もが(簡単に)デザインできる。誰もが(簡単に)イノベーションを生み出せる」
そんな根拠のない謳い文句みたいな言葉とセットで、デザイン思考が伝播してしまっているということではないのでしょうか。

問題解決に正解などないのに、「これで解決できます」というプロセスを提示されたから「なぜ必要なのか」を問わずに安易に飛びついた結果、プロセスを消化することだけに終始してしまう。

そんな事態が起こっているのではないでしょうか。

デザイン思考の導入前に一度立ち止まって、そのメリットと現実的に解決したい問題を照らしあわせて見ることが必要なのかもしれません。

組織の問題を解決したいという明確な目的があったとしても、
現実として、予算や期限は無限なわけないし、組織の文化や、許容度だってそれぞれ異なる。経営層の決断力次第では、選択肢が多ければ多いほど意思決定の足枷となるかもしれない。

この本にもアプローチの6つの原則の1として下記のように書かれている通り、

アイデアが生まれるのは、デザイナーやエンジニアだけでなく、もちろん経営陣だけでもなく、組織の生態系全体に、実験を行う余裕がある場合だ。

今の問題の背景にフィットするか否かで、デザイン思考の有効性はかなり変わってきそうです。
なので、このプロセスを用いる組織やプロジェクトや携わる人間の「限界値」というものを冷静かつシビアに見極めなければいけないのかもしれないなと思います。

「"今の"我々はデザイン思考を真に活用できるのか?」と。

その答えがノーだったら、まずは人や組織の変革が必要だということなのでしょう。(マインドセットを変えるという意味でのデザイン思考の活用はあるかもしれませんが、変化は促せてもその先の定着が非常に難しいのもまた一つの壁なのかな)

デザイン思考の考え方が有用なことは間違いないです。
そしてそのスキルはデザイナーという専門職の人間に限らず、幅広い人々が身につけられるものであるということも理解できます。

けれど、習得しただけではやはりだめに決まっていて、
そのスキルを私たちが抱える「複雑で難しい問題」に果敢に応用し、実現していく部分の難易度の高さが、世間の認識からごそっと漏れている。

そこが、なんとなくみんながもやるポイントなのではないのかなと……
本書を読了して思いました。


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