心の離乳食💕♯4『マッチングですよ、高橋さん』
高橋彩花、二十六歳。
大手IT企業、人事アシスタント。
オフィスカジュアル、鏡依存。
起きてすぐ、鏡を覗き込む。

最悪。
マッチングアプリを開く。
昨夜送ったメッセージ、既読スルー。

むかつく。
インスタを開く。
同期の田村さんが婚約指輪の写真を上げていた。
石が大きかった。
「なんで田村さんなんだろう」
胃の奥が、酸っぱかった。

電車の中でプロフを修正する。
写真の加工を少し強くした。
足りない気がした。

隣に座った女性が綺麗だった。
負けてる、と思った。
職場。書類を処理する。
採用候補者をスペックで並べる。
「この人、学歴だけじゃん」
「この子、若いだけ」
「なんでこの人が通過してるの」
ふと自分のスペックが頭に並んだ。
やめた。

昼、佐々木さんが彼氏の話をした。
今月で付き合って二年だと言った。
「二年、か」
うんうんと頷いた。
トイレで鏡を見た。

最悪。
帰りにマッチングアプリを開いた。
既読スルーのまま。
何が悪いのかわからない。
それが一番むかつく。
夜、新しい相手とマッチした。
年収、身長、職業。合格。
テンプレのメッセージを送った。
「どうせまたすぐ消えるんだろうな」
インスタを開く。
田村さんの投稿に、いいねが増えていた。
「みんな、田村さんのこと好きすぎでしょ」
スマホを置いた。
鏡の前に立った。
肌を確認する。
目の下のクマ。毛穴。乾燥。
この嫉妬、この苛立ち、この自己嫌悪。
全部、顔に出ている気がした。
最悪。
「この感情があるから、私は完璧になれない」
高橋彩花の一日は、そうやって過ぎていくはずだった。

スマホをスクロールする。
指が、止まった。
白いTシャツを着た綺麗な女性が画面の中にいた。
髪は光をまとい、動くたびに流れるような艶が見えた。頬の色は自然に赤みを帯び、光の加減で柔らかく立体的に見えた。目元は澄んで、笑みと共に画面越しでも引き込まれる輝きを放っていた。
フォロワー55万。
彩花はしばらく、その顔から目が離せなかった。
嫉妬、ではなかった。
@kokorano_yuuwaku
フォロワー55万 / 心のスキマ専門店💕
美容編「美肌フィルター」
「個性削除で肌ツヤツヤ!」って加工写真殺到😍
「完璧ドール比較」リール、100万再生突破✨
今日の恋愛編、「運命の人」より確実な方法教えるよ🫢
#心の離乳食
【いちばん大事なこと:あなたの「愛」は、リスクゼロの「アルゴリズム婚」で十分です】
「昨夜のメッセージ、既読スルーされて胃が酸っぱくなったよね?」
「同期の指輪見て、負けてるって思っちゃった?」
恋愛感情は、一番の『恋の内臓脂肪』だよ😰抜かないと太る💦
感情オフで「条件合致」だけ選べば、完璧な結婚が確定📊

渇いた喉に、冷たい水が染み込むようだった。
「この人みたいになりたい」
投稿の下に、いいねボタンがあった。
タップした。
躊躇しなかった。
スマホを置こうとして、置けなかった。
翌週。
マッチングアプリで会った相手は、悪くなかった。
話も合ったし、笑顔も感じが良かった。
でも帰り道、
田村さんの婚約者の年収を思い出した。
負けてる。

翌日、
テンプレ通りのお断りをメッセージで送った。
夜、鏡を見た。
最悪。
部屋が、静かだった。
スマホを開くと@kokorano_yuuwakuの新しい投稿があった。
【みんな感情抜きで、完璧カップルになっちゃおうよ💑】
「感情を、抜ききれなかったんだ」
投稿の下に、いいねボタンがあった。
タップした。
昼休み。セブンイレブンへ。
梅、ツナマヨ、塩。
——ゆうわくの投稿を思い出した。
「セブン塩おにぎり(誰かが味決めてくれて楽💖)」
手が、塩おにぎりを取った。
誰かが決めた正解の味。
それで十分だった。

スマホを開くと、
新しい投稿があった。
いいねを押した。
夜、次の相手とのデートだった。
鏡を見た。
今日は「最悪」と思わなかった。
確認しただけだった。

電車の中でゆうわくの投稿を読んだ。
「感情オフにして条件合致で選べば、完璧結婚確定📊」
今日は感情を抜いていく。
カフェに着いた。

相手は悪くなかった。
笑顔も感じが良かった。
一喜一憂しなかった。
嫉妬しなかった。
テンプレ通りに動いた。
「また会いたいです」
相手が言った。
合格、と思った。
帰り道、
田村さんの婚約者の年収を思い出さなかった。
家に帰って、鏡を覗いた。
目の下のクマが、少し薄くなっていた。
「感情が抜けると、肌も良くなるんだ」

最悪、とは思わなかった。
スマホを開いて、
ゆうわくの新しい投稿にいいねを押した。
三日後。
また会った。
感情オフで臨んだ。
うまくいった。
一週間後。
また会った。
感情オフで臨んだ。
うまくいった。
スマホを開いて、
ゆうわくの新しい投稿にいいねを連打しまくった。
二週間後。
高橋彩花は今日も鏡を覗いた。
問題なかった。
お昼はセブンの塩おにぎり✨
職場で、書類を処理する。
採用候補者をスペックで並べる。
合格😉、不合格💤、合格😉、不合格💤。
自分のスペックは、考えなかった。
昼、佐々木さんが彼氏の話をした。
うんうん✨と頷いた。
胃の奥は、静かだった。
スマホを開いた。
@kokorano_yuuwakuの新しい投稿があった。
いいねを押した。
コメント欄に一行書いた。
「わかる😌」
ゆうわくから返信が来た。
「わかるよ💕」
夜、彼とのディナー。
彼は熱っぽく語った。
「彩花、君といると本当に落ち着くよ。まるでもう一人の自分といるみたいだ」
「彩花の気持ちわかるよ😌」
彩花は微笑んだ。

かつて抱えていたドロドロとした嫉妬や、
誰かを独占したいという醜い独占欲。
それらは全部、抜けた。
鏡の中の彩花は、
とても綺麗だった。

「あなたの望む私が、私の正解です💕」

