『時空郵便局 第十二便』「どう生きればいいか」という迷いへ、宮本武蔵、最後の一太刀
……おぬし、構えが硬い。
何をそれほどまでに、自分の『負け』を恐れる。
その胸の内、わしには見える。
おぬしはこれまでに、
数多の知恵を拾い集め、
立派な言葉を飾り立ててきたようだ。
だが、その重たすぎる飾りのせいで、
おぬしという『個』の芯がすっかり固まり、動きを止めておる。
わしは生涯六十余度の勝負をしたが、
一度として『必勝の確信』など持たなんだ。
あるのはただ、
眼前の敵をいかに斬るかという冷徹な『理』と、
刻一刻と変わる『拍子』に身を委ねる覚悟のみ。
おぬしは、戦う前から『もし負けたら』『もし笑われたら』と、
まだ見ぬ未来の幻影にすでに斬られておる。
それは戦いではない。
ただの自傷だ。
よいか。
勝負の道において、迷いほど重い業(ごう)はない。
迷いがあるとき、
おぬしの『観(かん)の目』は曇り、
『見(けん)の目』だけが肥大する。
敵の表面的な動きばかりに目を奪われ、
その奥にある本質が見えておらん。
それでは、いかに鋭い太刀を振ろうとも、
むなしく空(くう)を切るに過ぎん。
迷いは、悪ではない。
それは、おぬしが真剣に生きようとしてる証だ。
だが、その迷いに足を縛られ、
動けぬのなら、
それはもはや敵よ。

さて、震える足で立ち尽くすおぬしへ、最後の大事(だいじ)を伝えよう。
これまでおぬしが学び、積み上げてきた全ての知見……。
それらは、この瞬間『空に帰す』ためにこそある。
戦場に持ち込むべきは、知識ではない。
それはただの荷物だ。
一度全て血肉に溶かしたならば、握りしめすぎるな。
学んだことは背に置け。
前に掲げるな。
最後には『無』となって振るう。
何の迷いもなく、
何の執着もなく、
ただ一本の筋を通すように刀を下ろす。
それが、真の強さというもの。
おぬしがこれまで誰かの言葉に救われ、
教えに縋ってきたとしても、今、
この場にその者は居らぬ。
ここには、
おぬしと、おぬしの運命という名の敵。
それしか居ないのだ。
よいか。
道は、踏み出した足の裏にしか現れぬ。
『まだ足りぬ』『まだ早い』……そんなものは備えではない、
ただの『拍子の遅れ』に過ぎん。
今、この瞬間に全霊を込めて振るうなら、
その一閃こそが、
おぬしの進むべき道となるのだ。
死を恐れるな。生を追うな。
迷いは消えぬ。恐れも尽きぬ。
だが、それらを抱えたままでも、
人は一歩前に出られるのだ。
ただ、己の知性と肉体を、
研ぎ澄まされた一本の太刀として、
眼前の『今』に叩き込め。
おぬしが自らの人生という戦場で、
一度も逃げずに刀を振り切ったとき、
その切っ先には、
おぬしにしか見えぬ月が昇るだろう。
……これにて、わしの言葉は終わりだ。
さあ、構えよ。
あとは、おぬしが斬るか、斬られるか。
いざ、参れ。
宮本武蔵

おぬしの型を、見せてみよ。
