イカシパ(笑い声)が春を呼んだ日(最終話)
いつまでもクンネ(暗い)カントが続き、冷たいウパㇱ(雪)がカムイ・フム(神の羽)のように降り積もる。
野原を跳ねるポン・イセポ(小さなうさぎ)は、凍えたケマ(足)を引きずりながら呟いた。
「このままやと、全ての命がウパㇱ(雪)の下に埋もれてまう……」
そこへ、ボロボロになったレッチリ(白鳥)が空から落ちてきたんや。
「あかん……春の門を開けるトカㇷ゚・アパ(太陽の鍵)を、失くしてしもた……」
レッチリの目からこぼれた涙が、地面に落ちる前に凍りついた。
ふたりは黙って、降り積もるウパㇱ(雪)を見つめとった。

レラ(風)だけが、冷たく吹き抜けていく。
どのくらい時間が経ったやろ。その時や。
アペフチカムイ(火の老婆の神)の炎を手に、コタン(村)のエカシ(おじいさん)が、小さな子供の手を引いて現れた。
エカシは黙って洞窟の方角を指差した。それから、ただ一言。
「ヌプリ(山)へ。みんなで」
洞窟の中には、寒さで石のように固まったキムンカムイ(ヒグマ)とチロンヌㇷ゚(キツネ)がおった。氷の隙間では、カパッチリ(オジロワシ)とレプンカムイ(シャチ)が、互いの命の火を絶やさんと必死に睨み合っとる。

「みんな……起きて。トカㇷ゚・アパ(太陽の鍵)が、見つかったんよ」
ポン・イセポ(小さなうさぎ)の声がル(洞窟)に静かに響いた。
すると、ひとりずつ、重たい目を開け始めたんよ。
見つけたトカㇷ゚・アパは、一見すると何の光もない、ただの冷たくて重い氷の塊やった。
「これが太陽の鍵……? ただの石ころやんけ」
レプンカムイが絶望して吐き捨てた。
その時、エカシの隣で、子供が震える手でそっとトカㇷ゚・アパを抱いた。
目を閉じて、小さなウポポ(歌)を歌い始めたんや。
「ヘイ、ヘイ、ホ……ヘイ、ヘイ、ホ……」
それを聞いて、キムンカムイが大きなウプシ(毛皮)で全員を包み込んだ。カパッチリが羽を広げ、レプンカムイがアトゥイ(海)の鼓動を響かせる。チロンヌㇷ゚がしっぽをピコピコ振りながら喉を鳴らし、ポン・
イセポがケマで地面を叩いてリズムを刻む。
みんなで、腹の底からイカシパ(笑い声)を轟かせた。
その瞬間や。
氷の塊がパリンと砕けて、中から目を開けてられへんほどの黄金のチュㇷ゚(光)が爆発したんよ。

光はル(洞窟)を突き破り、カント(空)を真っ二つに切り裂いて昇っていった。
ウパㇱ(雪)は一瞬で溶けて、温かいレラ(風)が大地を撫でる。白く沈んでいた世界が、色鮮やかなピリカ・モシリ(美しい大地)へと姿を変えた。
レッチリは光を追いかけて北へ飛び、ポン・イセポは芽吹いたばかりのノンノ(花)の横で大きく跳ねた。
「冬を終わらせたんは、魔法やなくて、みんなのイカシパやったんやなぁ」
ポン・イセポの言葉が、春の陽だまりの中に溶けていった。
エカシは静かに微笑んで、子供の頭をそっと撫でた。
カムイ(神)たちの住むこのピリカ・モシリに、今年もまた、命のウポポが響き始めたんやって。

イヤイライケレ(ありがとう)
スイ・ウヌカラ・アン・ロー(また会いましょう)
【物語に込めた言葉】
トカㇷ゚・アパ (Tokap-apa)
「太陽・の門(鍵)」。冬を終わらせるための象徴として登場させました。
レッチリ (Ret-cir)
「白い・鳥」、すなわちハクチョウ。北から冬を連れてきたり、春の訪れとともに去っていったりする、季節の境界を旅する鳥です。
ヌプリ (Nupuri)
「山」。神々が住まい、命が育まれる聖なる場所です。
ウパㇱ (Upas)
「雪」。アイヌ文化では雪を「神が降らせる白い羽」と例えることもあります。
ノンノ (Nonno)
「花」。冬を越えて最初に芽吹く命の輝きです。
スイ・ウヌカラ・アン・ロー (Sui unukar an ro)
「また会いましょう」。アイヌには「さようなら(永遠の別れ)」という概念が薄く、魂は巡り、必ずまた出会うという願いが込められています。
