フィンセントとテオ、そしてヨー
またまたテレビ番組の日曜美術館から。
今回は巨匠フィンセント・ファン・ゴッホとその家族に焦点を当てた番組内容だった。
ゴッホというと一般的には「生前評価されずに失意の中、自死した可哀想な芸術家」という認識ではないだろうか。
少なくとも僕は子供の頃からそう信じてた。
今回この番組ではそれが良い意味で覆された。
僕の母は僕が幼少の頃から子供達をモデルにデッサンを描いていた。
家には印象派画家の画集がいくつかあった。
その中でも特に印象に残ってるのはゴッホの画集だった。
幼心に芸術といえばピカソかゴッホだった。
そんな中これまでの人生で触れてきたゴッホのいくつかのエピソードは、親しい友人はいない中で画家ゴーギャンと親しくなったのも束の間、そのゴーギャンとも疎遠になって精神に異常をきたし療養所に入り、その後自身の耳を削ぎ落とした・・・。
といったどう見ても、その当時「友達100人できるかな!」のマインドで育てられた小学生としては到底受け入れられないエピソードだった。
そのゴッホの実弟テオの存在は知っていて、生前、手紙のやり取りをしていたことも知っていた。
だからそんなゴッホの状況も少なくとも理解者がいてよかったなとそれくらいの認識はあった。
しかし今回のエピソードで知った新しい事実に心動かされた。
”普通の家庭環境で育ったフィンセント(ゴッホ)は学生生活に馴染めず、社会人になると親の勧めで画商の会社に就いた。程なくして弟のテオも同じ会社に入った。フィンセントは会社にも馴染めずやがて会社を辞めた。そんなフィンセントにテオは絵を描くことを勧めた。画家を志したフィンセントは熱心に絵画に取り組んだが、なかなか絵は売れなかった。そんな中でもテオはフィンセントの画家としての才能を信じ続けて生活面の援助をし続けた。テオはフィンセントの絵を保管し続けた。やがてフィンセントは周知の通り保養所退所後、命を落としたフィンセントを追うようにテオも病に倒れて旅立った。”
それからが僕も全く認識していなかった事実だった。
”テオの妻ヨー(ヨハンナ)はテオの意志を引き継いで、残された膨大なフィンセントの作品を大切に管理し、展覧会の開催や交渉を重ねながら世に広めていった。売れた作品はひとつひとつ帳簿で丁寧に記録され、決して安売りせず、高い芸術性を保ったまま世に送り出された。今日のゴッホの評価は、ヨーの尽力によって形づくられた。”
家族って必要だ。
そして僕の幼少の頃のゴッホに対する気の毒な感情も救われた気がした。
僕の家族にもありがとうと伝えたい。
そして母にも。
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