短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(21) 黒歴史 Dancing with ミソギ
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歌、歌ってたわけ。
ギター弾いて。
部屋で歌ってたらうるさいって叱られて、河原で歌ってたら野良猫しか聞かないわけ。
だから駅前に移動したの。
そしたらさ、人が集まってきて。
それであたしは東京に、呼ばれたの。
自分から出てきたわけじゃないの。
呼ばれたの。
誘われたの。
19歳だったわ。
1曲目が、ちょっと売れたの。
ドラマの挿入歌に、使われたの。
だけど、2曲目は、だめだった。
3曲目もだめだった。
アルバムも、出してみた。
買ってくれたのは、親と友達だけだった。
いちおう、マネージャーっていう男がいて、そいつはほんと、悪い人間じゃ、なかった。
悪くはないんだけど、なんていうのかな。
柴犬みたいだった。
いっつも、ニコニコしてんだよね。
目がきらきらしてて。
で、その柴犬が、あたしを信じてるわけ。
あたしの歌を、信じてるわけ。
「ミソギちゃん、絶対いつか売れるから。10年かかっても、僕は君を売る。売ってみせる」
とか言うわけ。
泣きながら。
「ミソギちゃんの歌を、僕は信じてる!」
酔っぱらって。
「僕は直感したんだ。この子は絶対に売れる!って」
って。
言うわけ。
あたしは信じてなかったのに。
自分の歌を、信じてなかったのに。
柴犬が、あっちこっちに頭下げて仕事とって来るからさ、あたしたち、日本中を回るわけ。
お祭りとかイベントに出たり、飲み屋で歌わせてもらったり。
グラビアやったり。
そのグラビア持って、会社やってる金持ちんとことか、「プロデューサー」っていう人のとこに行くわけ。
で、ガマガエルみたいな「プロデューサー」が、あたしが歌う前でグラビア見るわけ。
見比べるわけ。
歌なんか聞いてないの。
柴犬は、信じてるわけ。
「ミソギちゃん」を、どうしても売りたいわけ。
自分の直感を、信じたい。
「ミソギちゃん」ごしに、自分を信じたい。
だから言うわけ。
「できることはすべてやっていこうよ!」
あたしは25歳になってた。
高校時代の友達なんかは、つぎつぎ結婚してた。
あたしがガマガエルの前で歌ってる間に。
柴犬が、ガマガエルとあたしがいる部屋の、扉の外で夢見てる間に。
扉の外に立ってても、柴犬は、番犬じゃなかった。
25歳がする判断は、成人の判断なわけ。
あたしは歌が作れなくなった。
歌が消えた。
番犬は泣いた。
あたしは泣く番犬を抱きしめてやらなきゃならなかった。
30歳過ぎて高卒で職歴ゼロだと、就職ってものをさせてもらえないわけ。
面接より前に、弾かれちゃうわけ。
だけどあたしは仕事が必要だった。
柴犬が自分で言うところの「プライド」ってやつを復活させるためのパチンコ代とか馬券代なんかを稼がなきゃいけなかったから。
資格取ったほうがいいのかな、パソコン勉強しなくちゃいけないな、通信でもいいから大学行った方がいいのかなとか、いろいろ考えたけどそういうことって全部金が必要なわけ。
だけど金は柴犬が全部消してきちゃうわけ。
もう、全部。
そのころのあたしがどんな仕事してたか?
水商売に決まってんでしょ。
ド定番に決まってるでしょ?
その頃のことはあんまり話したくないわね。
とりあえず、30歳過ぎてこんな仕事始めるのは断然不利だったってことだけはたしか。
銀座はまず無理。
歌舞伎町も無理。
あたしがいられたのは、東京の、外っかわ。
あたしのいなかはすごく遠いところ。
ど田舎の河原で歌ってた19歳の自分が35歳で東京の外側の、餃子でいったらぱりぱりしてるとこにいるって思うと、自分がすごく遠いとこに来たな、って気がして、夜中にハッとした。
もしもこれがドラマなら、あたしは柴犬を憎んだはず。
柴犬からどうにかして逃げて、どうしても逃げられないなら殺したりとかもできたはず。
だけどそういう方向には進まなかった。
柴犬のほうが、あたしより弱かったから。
柴犬は、自分で勝手にどんどん弱くなっていった。
で、死んじゃった。
あたしのこと恨んでる、って遺書に書いてあった。
あたしはお店を辞めて、しばらくひとりで家にいた。
ずっとYouTube見てた。
探してた。
なにかを探してた。
そのうち飽きてくるかと思ったんだけど、飽きるっていうことをYouTubeがさせてくれなかったっていうか、つぎつぎ新しいものをあたしの目の前に出してきた。
あたしはそれをずーっと見てた。
探してた。
なにかを探してた。
「528Hz」とか「ソルフェジオ周波数」って、知ってる?
ヨガのサロンとかで流れてるような音楽なんだけど、「DNAを修復する」とか、「引き寄せ」とかに効果があるらしいわけ。
寝てる間はそれを聞いてた。
ちょっとリラックスできる気がしたし、なにかが「治る」かもしれないから。
けどね、コメント欄に書いてあるわけ。
「宝くじが当たりますように」とか「世界が平和になりますように」とか「聞いたら貯金が増えました」とか。
で、聞くのやめた。
でも、いいこともあった。
柴犬の葬儀に参列してくれた人の中に、ていうかそれって単なる柴犬の飲み仲間なんだけど、運転手やってる男がいたの。
運転手。
お偉いさんの運転手。
その運転手が急に連絡してきて、東京の外側にいたあたしを真ん中へんに戻してくれたわけ。
「利害関係調査委員会」っていう場所に。
そう考えると、ソルフェジオが「引き寄せ」たのかもしれないけどね。
履歴書なんて、いらないの。
実名も、明かさなくていい。
腹で決める、っていうのかな、会って話して、雇うか雇わないか決める。
「利害関係調査委員会」は、そういう組織だった。
あたしはそこに「採用」された。
著作権を殺す。
それが「利害関係調査委員会」の目的。
柴犬が死んだあと、しばらく動画ばっかり見てた頃、あたし見つけちゃってたの。
それは、「なつかし映像」とか言って、テレビ番組を録画したのを編集した動画。
そのなかの「一発屋歌手」特集に、あたしが映ってた。
19歳のシンガーソングライターだったあたしが、出てた。
あたしはそれを見て、すごくドキッとした。
心臓が、止まるかと思った。
歌ってるわけ。
アコギ抱えて。
恥ずかしいわけ。
へその緒、っていうの、あるでしょ?
赤ん坊と母親がつながってるやつ。
あたし、自分の映像見て思ったの。
この映像とあたしは、へその緒でつながってる、って。
そう考えたらおなかが痛くなった。
カメラの前で、おっきく口開けて、一生懸命歌ってる自分が、とにかく恥ずかしいわけ。
「一発屋」って笑われてるのが恥ずかしいんじゃないの。
このあたしの姿を、誰だかわかんないやつに公開されて、見られてるってことが、恥ずかしくって、ゆるせないわけ。
あたしにとって、過去の自分の映像は、意味が強く鳴りすぎる。
おなかが痛くなるくらいの力を持つの。
かわいそうでかわいそうでたまらないの。
あたしは。
バカみたいに一生懸命だった自分が、かわいそうでたまらなかった。
そんな姿を勝手に公開する奴が、絶対にゆるせないと思った。
つながってる、ってことに、気づかされちゃったから。
むかしと今のあたしは、まだつながってるんだ、って。
へその緒で。
今のあたしとむかしのあたしは、お互いに、母親であり赤ん坊でもあるってことに、気づかされちゃったから。
「利害関係調査委員会」で、あたしが殺してるのは著作権。
あたしが著作権を殺す意味は、あたしの人生の中にある。
意味っていうのは、人によって、違う。
目の前で同じことが起きても、そのことに、ほとんど意味も感じない人もいる。
反対に、強い意味を感じる人もいる。
子供のころはなんとも思わなかった歌が、急に好きになったりすること、あるでしょ?
それは、歌が持つ「意味」が変わったってこと。
「ゆるす」ってことも、同じなの。
「ゆるす」ってことも、人によって違う意味を持つの。
あたしはゆるさない、ってだけ。
あたしは別に、自分の痛みを誰かと共有しようなんて思ってないわけ。
あたしにはあたしの痛みがあるから、そんなものをわかってもらおうなんて考えてないわけ。
他人の痛みなんて、あたしにだってわからない。
あたしが19歳の時に歌った歌は、今のあたしにこう響いてる、ってだけ。
あたしがその映像を見ると、
河原で歌ってたあたし、
駅前で歌ってたあたし、
ガマガエルの前で歌ってたあたし、
全部が一緒になって響くわけ。
その音を、他人に聞かされたくはないの。
あたしはあたしが聞きたいときに、それを聞きたいってだけ。
今のあたしにも、願いはあるの。
こんな遠い場所に来ちゃったけど、あたしにも、まだ願いはある。
あたしは一度でいいから、バカになりたい。
これは、あたしが自分を利口だと思ってるっていう話じゃない。
あたしは、あたしをバカに「させて」くれる人を探してるの。
意味を忘れさせてくれる人。
あたしの耳に、優しく手を当てて、音を消してくれる人。
あたしを、意味のないものにしてくれる人。
そういう人が、この世界のどこかに、もしかしたらいるんじゃないのかな、って、まだ考えてる。
生きてる間にそういう人に、もし会えたら、あたし、たぶん泣く。
ああ、そういえば。
「意味のないものになりたい」。
言っとくけど、これはあたしだけの望みじゃないのよ。
あなたもそう思ってるのよ。
ほんとは。
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