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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(12) ギムター・モクテキッカ

これまでのエモ山👇


金魚すくいというのは金魚をすくうことを目的とする遊びだが、俺は金魚の方じゃなくてポイについて考える。

ポイ。

把手のついた、あの輪っかのことだ。

テニスラケットがガットでその強さを変えられるように、ポイもまた、輪っかに張るあの白い紙の強度で号数が設定されているらしい。
あの白い紙を水に溶けやすい性質にすれば金魚すくいはむずかしくなり、金魚すくい屋はホクホク。

しかし調子に乗って、誰がすくっても一匹もすくえない紙にしたらだめだ。すくえぬ金魚すくい屋に客は来ない。テキ屋がその場ひと晩限りの商売である以上、そういう商売も、もしかすればありえようが、まれだろう。

俺が見たところ、たいていの金魚すくい屋は「そこそこすくえる紙」でやっているようだ。
金魚すくい屋の脳内にはこんな計算式があるかもしれない。

・1ポイで1匹すくえる紙。
・2ポイで1匹。
・昭和の子供と令和の子供の握力と瞬発力を比較したうえで、令和の子供が2ポイで1匹すくえる紙の号数を求め、そこにパルプ産業の盛衰、金魚の原価、物価高の違い等を加味したうえで決めた紙。

いや、おそらくそんなことはなくて、きっと、ちょうどいい号数というのは感覚で設定されている。わざわざ計算なんかしなくても金魚すくい屋はそれを感覚で決めることができる。もしもこんなものをいちいち計算で求めようとしたらAIはハルシネーションを起こしとりあえず頓珍漢な答えを出しその場をしのぐだろう。
AIは「勝ったり負けたり」の「ちょうどいい」を理解できない。
だからAIは決して金魚すくい屋にはなれない。

ところで。
そんな金魚すくい業界にも攪乱者はいる。

金魚すくいの遊戯性を破壊する存在、どんなポイでもぱんぱかすくってしまう「名人」という存在がいる。

俺がかつて目撃した名人はとある夏祭りで子供たちの羨望と金魚すくい屋の苦々しいまなざしに見守られ、舞でも踊るかのように金魚を次々とすくいあげていた。
ポイを持つ手の反対に掲げた彼の獲物椀はすくわれた金魚でぎゅうぎゅう。祭りのライトを反射して、砂金のようにぎらっついていた。

そこで俺が目にしたのは技ではなく知恵だった。
前例主義からの横っ飛びだった。
名人は金魚を紙ですくうのではなくポイの輪っかの縁で金魚を引っかけていた。
金魚たちは彼の持つポイの縁にひょいと乗せられて獲物椀へと投げ入れられていった。

それはいわば、金魚すくいではなく綱渡りだった。
金魚がその生のなか一瞬だけ味わう綱渡りだった。

利害関係調査委員会コピペ部濾過課で俺がいーだ課長から指示された業務は、まさにこの金魚すくいに似た作業だった。
濾過課に設置された巨大洗濯機から土管を通じ流れ込む大量の水をポイのようなものですくうのが、俺の仕事だった。

土管は水路に巨大洗濯機からの排水を流し込む。
水路は広い部屋を横切って壁を抜ける。
隣室にはプールがある。
広―い丸―いプール。
区立スポーツセンターにあるような、だだっ広いプールのまん丸バージョンだ。
プール室に入ると、巨大洗濯機からのしゃんしゃん音は壁に隔てられて遠のく。
ここで俺たちはやっとヘッドフォンをはずすことができた。
プールの水は透き通っていたが、底は見えなかった。
プールの底には光を通さぬ黒い場所があった。
俺はぞくっとして身を引っ込めた。
丸いプールに薄くらせんを描く波に体が吸われるような気がしたのだ。

「この下に濾過器があるんだよ」
プールサイドでニックが俺に言った。
「このプールは東京湾の一歩手前。つまり著作権の最終処分場ってことだね」
ニックの横でいーだ課長がうなずいた。
「君はここで、最後の仕上げを行う」
「仕上げですか」
「水をさらうんだ」

答えたあといーだ課長は、どこかへ歩き去っていく。
プール室に、いーだ課長のスニーカーの足音が、きゅっきゅと響きながら遠のいていった。
俺はニックに目を向けた。あの人なんでなんで急にいなくなっちゃったの?

「僕も異動前はここにいたんだよ」
聞いてもないことをニックが答えた。
「懐かしいなあ!」
ニックは両腕を上げ、伸びをした。

なつかしいなあああああああ。

プール室にこだましたニックの声が、水に吸いとられていった。
ニックははしゃいで水面に叫んだ。

「ざまあみろー!」

ニックの声に反応するように、プールの水には小さなあぶくがうまれた。
そしてすぐに消えた。

戻ってきたいーだ課長は、タモを3本手にしていた。
大きさは普通。釣りで使うのと同じサイズ。つまりこれは人間用であり、これを3本持っているということは、俺たち3人が使うものということだ。
普通のタモと違うのは、網部分の素材だった。
網部分は網じゃなかった。
金魚すくいのポイの紙に似ていた。

ざまあみろと叫んだニックは沼田といるときより血色がよかった。
古巣の職場に戻ってきた気楽さもあるのだろうが沼田がいないのは大きいだろう。
しかも、聞けば、いーだ課長とニックとは、同期入社の間柄だそうだ。

「これを」
いーだ課長から受け取ったタモをニックがプールに突き刺して、網部分を水に浸した。
「こうやるだけ」
ニックがタモを軽く動かし、そして持ち上げる。
「で、」
網部分を手で受け止めて網の中の獲物を俺に見せてくる。
「ほら」
網の中にあったもの。
俺にはそれが砂粒に見えた。

つまり俺に与えられたこの場での役割は、「プールの水をタモでさらう」ということだった。

簡単じゃん。

これを一日8時間繰り返せば3万円もらえるのだ。

ラッキーじゃん。

これを日々繰り返せば、5万人のフォロワーさんたちには悪いが俺はもうエモツイートに人生をベットしなくてもよい。
水をタモでさらえばいいのだから。

労働というものは人間を端末にして使うということである以上、俺に文句はない。
ここで水をさらえば、俺はアパートにいるあの女にエモツイートを量産させる必要もなくなる。
そして俺はあの女となにか別のことができるかもしれない。
そう考えると、俺の下半身は熱くなった。

しかしそれでも俺は考えた。頭寒足熱で考えた。
俺はやっぱり元天才少年なので、わかるようでわかんないようなのは、むずがゆくて嫌なのだ。
俺はわからないことは10年かけても考える男だった。
この仕事は一体何なのだ。

・コピペ部でネット上の文章をコピペする。
 ↓
・それが濾過課に流されていく。
 ↓
・巨大洗濯機の中でぐるんぐるん回される。
 ↓
・土管から水路を通り、水がプールに貯められる。
 ↓
・濾過する。
 ↓
・東京湾に流される。

俺はニックに尋ねた。
「この砂は一体なんなんですか?」

「これ?」
ニックは網部分から砂を弾き落としながら答えた。
「ゴミだよ、ゴミ」
ニックの指に弾かれた砂粒はプールサイドに落ちた。
「おまえは馬鹿か」
ニックの口調がいつのまにか先輩に変わっていた。

俺はそこでニックが課長に昇進できなかった理由に気づく。
俺の腹の中で、なにかがチリチリしだした。
「おまえよく考えろよ。流れ見ろよ。全体見ろよ」
「はあ」
「インターネットはもう、AIがつくった文章だらけなんだよ。ここはもうそういう場所になりつつあんだよ! AIがつくり、AIが読み、AIがグッドする。それを選んだんだよ人間は。人間はボケーっとスマホ覗き込んで時間つぶしてりゃいいんだ。へらへら笑ったりけんかしてりゃいいんだよ。それが人間様のお仕事なんだよ」

俺はニックの口調に驚きながら、頭の片隅で、最悪の可能性を思い浮かべていた。

俺をプールに突き落とすふりをしてケタケタ嗤うニックの姿。
うしろから近づいて俺のズボンを勢いよく引き下ろしケタケタ嗤うニックの姿。
タモの先を俺のケツの穴につっこんでケタケタ嗤うニックの姿。

想像の中で尊厳が踏みにじられるにしたがい、俺の手は冷たくなっていった。

ニックが声を荒らげた。
「AIが全部やるんだよ。模倣模倣模倣。コピーしてってくれんだよ。ぐるんぐるん回すんだよ!ずんずんどーこ、ずんずんどーこ。アルゴリズムの響きを聞けよ!」

ずんずんどーこ、ずんずんどーこ。
俺の心臓は、不安に高鳴っていた。

俺は元天才少年の脳みそをフル回転させてことばを探した。
ニックをこれ以上イライラさせては俺のためにならない。

「つ、つまり」
俺は震える声でニックに言った。
「つまりここに『わけあり明太子』を放り込めば」
そう言いながら俺がプールにそっと差し伸べたタモが水面に波紋を作った。
「明太子は消え、『わけ』だけが浮かび上がる」

俺のことばを耳にしたニックが、ひゅっと息を吸い、ぴたりと動きを止めた。
俺もつられて固まった。
ぽこり。
プールであぶくがひとつはじけた。

「エモ山よお!」
ニックが俺に飛びついてきた。

「飲み込み早ええじゃねえかよお!」
ニックが俺の肩をバチンバチンと何度も叩いた。

「いいね」
いーだ課長がにっこりした。

俺たちはタモで水をさらった。
網に引っかかった砂はプールサイドに弾き捨てた。
俺たちは黙々と、17時までその作業をすすめた。
17時のチャイムが鳴ると業務は終了。
かと思いきや、新人の俺にはまだひと仕事残っていた。
プールサイドに落とされた砂粒を回収するのだ。
ワイパーモップで砂を集め、袋に入れゴミ集積場へと運ぶ。

「壁にもひっ付いてっからな」
ニックは俺にそう言うと、タモをかーんと遠くに投げて、プール室を出て行った。

いーだ課長は、そこに残った。
「いいね」
砂粒を集める俺のモップ遣いを褒めてくれ、ニックが投げたタモを拾ってくれた。


「ニックの命名の由来を、知っているかい?」
俺の隣でモップを動かしながら、いーだ課長が俺に訊く。
「知りません」
別に知りたくもない。あの野郎。

「入社当時につけたアカウント名なんだよね」
いーだ課長が言った。
「あの頃あいつ、ローリング・ストーンズに憧れててさあ」

俺ははっとして立ち止まり、いーだ課長を見た。
「ニック…」
「ニック」
「ニック…」
いーだ課長が、ゆっくりと俺にうなずいてみせた。
俺の腹がひくひく震えはじめた。

袋に詰めた砂粒を運び入れたごみ収集所で、俺はやっと一人になり、思い切り笑った。

「ニック!」

俺は体をよじらせ笑い続けた。

「ニック‼」

俺の笑いを止めたのは、笑いすぎて自分に飽きたからではない。
積み上げられたごみ袋の間に、おかしなものを見つけたからだった。

それは、人形みたいなものだった。

それは、おばけみたいな人形だった。

それは、ぱんぱんに膨らんだゴミ袋とゴミ袋の間に、はさまっていた。

「ゴミ?」
俺はその人形に近寄ってみた。

「違うわ。ゴミじゃないもん」
人形がしゃべった。
人形に見えたそれは人間だったからしゃべった。

「あたいはAIお針子」

そいつはそう自己紹介した。
そしてAIお針子は、俺に尋ねた。

「あんた、『全人類AV男優化計画』について、どれぐらい知ってる?」

(続きはこちらです)


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