短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(39) タカーシ名人に相談だ
これまでのエモ山
ヴィレヴァンつーかドンキっつーか、
そこは、やけにモノの多い部屋だった。
エレベーターを出た沼田が俺を連れ、扉を開けた先の部屋。
俺がこれまで見てきた『利害関係調査委員会』って
なにもない広い場所に巨大洗濯機とか巨大プールとか、
ひたすらクリック繰り返す人民しかいない場所だったけど、
ここはちがった。
アメコミのポスターが貼られていた。
棚には本とぬいぐるみ、ガンダムのフィギュア。
ビデオラックは色彩が狂っていてモザイク、
部屋の角にはウルトラマン。
でかいやつ。
人間と同じ大きさ。
腕をクロスさせ、スペシウム光線が出るときの姿勢で固まっていたが、その腕はハンドバッグかけに使われていた。
ウルトラマンの腕にかかったバッグはストラップの長い黒のエナメルで、
ゲームコントローラーの十字ボタン型の留め金がついていた。
説明過多なその部屋から俺が連想したのは年末とかに神社で売ってる熊手。
「タカーシ!」
沼田が戸口から、部屋に呼びかけた。
「いない?」
「いない」
こたえながら別の扉から出てきたのは女。
ジーンズをはき、「16」ってパッチのついたキャップをかぶっていた。
「タカーシ名人は、本日はお留守です」
言いながら、女はピンクのソファにどかっと腰を下ろし、脚を伸ばした。
「バカAIのことなんだけど」
ソファに歩み寄り、沼田が言った。
「どうも、おかしいらしいの」
「おかしい?」
キャップの女がソファに寝そべってこたえた。
「バカAIがおかしいのは、おかしいことじゃない」
「ちがうのよ」
沼田は言った。
「まともなの。バカAIは、『まとも』なの」
俺はその部屋に、自分も入っていいのかどうかわからなかったから、
入ってきたときのまま、扉を背にして立っていた。
キャップの女は、寝そべったときにずれたキャップの位置を延々と直し、
それを沼田が真上から見おろすのに任せていた。
俺は女の靴下の柄に気づく。
白い靴下の足首あたりに蛍光グリーンのエイリアンのワンポイントがついていた。
「…って、言われてもね」
キャップの女がこたえ、
沼田が言う。
「あんたにしかわかんないんだから、考えてよ」
「考える、とかそういうことじゃないんだけどさ」
「なんでもいいからちゃんと聞いて」
沼田が声を強め、キャップの女は沼田から視線をそらした。
そらした先には俺がいて、女と俺は視線を合わす。
俺は女に軽く頭を下げた。
誰だか知らないけど。
キャップの女が身を起こし、ソファにあぐらをかいた。
俺をじいっと見つめた。
チェックシャツの胸元が乱れて、黒いブラジャーのはしっこが見えた。
平たい胸。
女が俺に尋ねた。
「ボケなかった?」
ぶっきらぼうな言い方だった。
「は?」
「バカAI」
「あ」
なんか俺は急に自分がちっさくなった気がしたけど、気にしないことにしてこたえた。
「ボケませんでした」
「逆張りは?」
「しません」
「下ネタ」
「言いません」
「じゃあ」
キャップの女が腕組みし、尋ねた。
「デジャブ感のあるダジャレ」
「あ」
悪い夢のように、俺に蘇ってきたのは、
バカAIがつくった『ヴァン・アレン帯』、バレンタイン・エモツイート。
あれはもしかすると。
いつかだれかが口にした、ダジャレ。
インターネット空間に、永遠に残り続ける、
ダジャレ。
視線をつとそらした俺に、キャップの女の視線がついてきた。
女からの視線をひりひり感じながら、俺は棚を見て、ウルトラマンを見る。
「イラっとした?」
女の声がした。
バカAIに、いらっとしたか。
ウルトラマンにこたえるように、俺は深くうなずいた。
ふむ。
女が鼻から息を漏らした。
ウルトラマンの腕から、スペシウム光線は、まだ出ない。
やがて女が、ひとりごとのようにつぶやいた。
「機能したのは、そこだけか」
「AIなんて、たいていそうよ」
沼田が早口で口をはさんだ。
「オヤジギャグ。気の利かないおべんちゃら。そんなのばっかり」
ずり落ちたメガネを押し戻しながら言う沼田のその声は、うわずっていた。
「あたしたちが求めてるのは、そんなもんじゃなかったはず。あたしたちがかっ食らいたいのは」
沼田は腕を広げた。
「社会収束防止アルゴリズム。ネット空間に轟く、目が覚めるようなバカ」
ウルトラマンは、もう何年も、同じの体勢のまま、
スペシウム光線が出るのを待っているように見えた。
「エモ山君」
沼田が俺に言った。
「あたしたちはみんな、夢の中にいるの」
「え?」
「ここは、いつかだれかが夢見た未来」
ってことは、これ夢? って俺は一瞬思ったけど、
そんなわけはなかった。
なぜならば、俺にとって夢は比喩だから。
俺は3万円になるために仕事をしているので、
俺は仕事場の夢なんか見ない。
沼田は言った。
「あたしは目を覚ましたいのよ」
「あたしは遊んでるだけ」
沼田に応えるように、キャップの女が言った。
「プロンプトはコントローラー、出力はスコア、ドーパミン」
見れば女は、いつのまにかポップコーンのバーレルを手にしている。
紙製のバーレルは、オレンジと白のしましま模様。
「ガチャ要素、レベルアップの快感、スキル幻想、メタ攻略」
女がポップコーンをひとつかみ。静かに笑いながら言った。
「依存性」
女は目を伏せ、ポップコーンをむさぼった。
ウルトラマンよ。
スペシウム光線は、いつか出るのか。
それともウルトラマンよ。
きみはもう、スペシウム光線を、出してしまったあとなのか。
俺たちは、「そのあと」を、見ているのか。
「タカーシ名人に、伝えておいて」
沼田が女に言った。
「バカAIは、まだまだだ、あんたには、まだやることがある、って」
女は聞こえないふりをして、ポップコーンを食べる。
沼田がまた言った。
「ミイラ取りもミイラになりうる、って」
女はムッとして、沼田をにらんだ。
口の端に、ポップコーンのカスがついていた。
沼田は平気な顔だった。
「ゲームは一日一時間」
沼田は言った。
「この世界は、ゲームだけじゃないの」
ふてくされた女が、子供みたく、ポップコーンのバーレルを放りあげた。
宙に浮かんだバーレルからポップコーンがふくれあがり、
シャワーみたく床に落ちていく。
空っぽになったバーレルは、こーんと一回バウンドしてから、
しましま模様を回転させ、どっかに転がっていった。
黒い床には、ポップコーンが、星屑みたいに広がっていた。
そこで俺は気づいた。
この部屋の床が、カーペット敷きじゃないことに。
剥き出しの床は、時間を感情を、吸わない。
摩擦を消さない。
だから俺は、この部屋が、夢じゃないと思った。
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