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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(11) シウマイ弁当とクリックパンパンマンキーズ

前回までのエモ山👇

「あなたには、子供がいる?」
沼田ミソギは俺に尋ねた。
俺たちは、利害関係調査委員会・ガリラヤ倉庫の食堂にいた。

「おりませんが」
俺は答えた。なぜかふと浮かんだのは、アパートにいるあの女の姿。あの女と子供を作ることはできるだろうか。

「そうなのね」
沼田が唇をゆがませた。
食堂のテーブルで向かい合い、会話を続けるうちだんだんわかってきた。
この「唇ゆがませ」は、沼田にとっての笑みであることが。
「笑み」を表現する際、沼田は唇をゆがませる。片側の奥歯でなにかを噛みしめるかのようにして、口元に小さな一本の皺を作る。
その皺は
 )  ←これ。
これを作り、沼田は、片方の口角をカッコで閉じる。
もう片方はどこにあるのかわからない。
きっと反対側の、ずっと遠く。もしかすれば過去にある。

「人間は、コピーする」
箸を使いながら沼田は言った。
「浮世絵版画はコピー機に変わり、今ではすでにクリックポン」
沼田が食べていたのはシウマイ弁当だった。
「どんどん作れる」
俺も食べていた。沼田が俺にくれたシウマイ弁当を。

俺はシウマイ弁当を食べるとき、必ずタケノコブロックから行くことにしていた。
沼田はかまぼこから行った。
かまぼこを小さくかじり、沼田は遠い目をした。
「人間の少子化は、避けられないのに…」
まるで少子化が、自分の責任かのような言い方だった。

「じゃあ、想像してみて」
沼田は俺を見た。
「もしあなたに、あなたの短い人生最初で最後の幸せが、突如訪れたとする。あなたには子供が生まれる。あなたにとってその子は唯一無二。親ばか目線だけど、かわいらしく、あなたとは似ても似つかない。そして、あなたとは真逆の、すばらしい子供なの」
タケノコブロックをちまちまつまみながら俺はつぶやいた。
「正直な、おかただ」
「その子供が、ある日突然、どっから現れたかもさだかじゃない人間に、勝手に連れ去られたら、どう思う?」
「は?」
俺は箸を止め、沼田を見返した。
「…誘拐?」
「そう。誘拐」
沼田はうなずいた。
「かわいくて人気者だからという理由で、どこかの誰かがあなたの子供を連れ去って、その子供を、自分の店の前に立たせて客引きさせてるのを見つけたら、どう思う?」

「客引き?」
「『おにいさん、ちょいとよってらっしゃいな』って。知ってるでしょ?」
「はあ」
「ついてったこと、あるでしょ?」
「それは…」
俺の脳裏に夜街のネオンがよぎった。

「ああいうものに、わが子を使われているとしたら」
沼田は続けた。
「大切な子供を。悩み苦しみながら育てた子供。自分に似ているからうまく生きてけるだろうかとか、余計なこと心配したりしながらも、大切に、一秒一秒育てた子供を、勝手に使われているのを、見つけたら」
次々よみがえるぼったくりバーの記憶もあり、俺の表情はしぜん引き締まった。
「それは完全に、犯罪です」
「ぶっ殺してやりたいと思うでしょ?」
「…え?」

「それに、キモいわ」
沼田はうつむいた。今度は眉間に、深いXができた。
「連れ去りの言い訳が、『かわいくて、みんなも好きだろうから』っていうのも、途方もなくキモいわ。ゲヘゲへ笑っていそうだわ。そう思わない?」
ピンクの口紅のついた沼田の箸先が震えていた。
「気味が悪いじゃあないの。他人の子供を、自分の店の前に置いて見せびらかす。その建付けが、どす黒真っ黒マックロクロスケin the dark」
沼田はテーブルに、そっと片手を置いた。
「他者を軽視しながらも、他者の魅力を利用し、他者をひきつけようとする。生みの苦しみ知らぬまま、形だけ模倣して、自分のために利用する。そんなことが、なぜできるの?」
沼田が俺を見つめた。
黒ぶち眼鏡の奥の目は、少しうるんでいた。

俺は説教でも受けている気持になり、なんかよくわかんないけど怒られてるんじゃないだろうか、たぶん怒られてるんだろうと思い、答えていた。
「ご、ごめんなさい」
「どうしてあなたが謝るの?」
沼田は呆れたように、身を引いた。
俺は自分の弁当に目を落とすふりをして、沼田の弁当をのぞき見た。
俺は礼儀正しい男なので、他人の弁当をあからさまにじろじろ眺めるようなことはしない。

どうやら沼田はシウマイを最後に堪能するタイプらしかった。
沼田の箸がまぐろの煮つけに伸びる。
そんなものに先に手を出して、何が楽しいのだ!
からしをグダ塗りし、しょうゆをぶっかけたシウマイのうまさを、この女は知らない。
紅ショウガと昆布をぐちゃぐちゃにして飯にからめるのもうまい。
「誇りを失えば、人間なんてただの器用な猿よ」
俺はドキリとして、答えた。
「それはちょっと言い過ぎでは…」
弁当をのぞき見ていたのがばれたのだろうか。
「じゃあ新種。『クリックパンパンマンキーズ』」
「クリックパンパン?」
「鳴き声は、『ゲヘゲへ』。その咆哮が、インターネットジャングルに響き渡るのよ」
俺はことばをうしない、箸を置いた。
沼田の口元に、またカッコがうまれた。思いついた新種に、たぶん笑っている。
カッコがふいに消えた。
「それが」
沼田はシウマイに箸をぶっ刺して、俺を見た。
「違法アップロードの罪と罰よ!」


「つまりさ」
それまで黙っていたニックが口をはさんだ。
「沼田さんはさ、元シンガーソングライターとして、無断アップロードする人間に、怒ってるってことだね」

「怒ってるんじゃないわ。侮辱しているの」
沼田がニックにこたえた。
「著作権は作品の人権。我が子の人権を踏みにじるやつを、私は許さない。法的な意味じゃない。同じ人間として、赦さないってこと。これは人間と人間の闘い。私からは何も奪えないってこと、わからせてやんなきゃなんないの」
そう言ったあと、沼田はハッとして、自分の腕時計を見た。
「あら! もうこんな時間!」
半分も食べていないシウマイ弁当の蓋を閉じ、沼田は立ち上がった。
食べかけの弁当を手にし、割りばしをスカートのベルトに、脇差のようにしまい込んだ。

「エモ山君」
沼田がきりりと俺を見下ろして言った。
「人権があるから権利があるんじゃないの。権利があるから人権があるの」

意味は分からなかった。
しかし俺の胸はきゅんとした。
俺は沼田に惚れたかもしれない。
そう思ったとき、頭をよぎった女の姿があった。
それは、アパートにいるあの女だった。

どして?

「じゃ、あとはニック、よろしく」
足早に食堂の出口へと向かう沼田に、俺は弁当の礼を言いそびれた。

「ねじれてるよねー」
弁当箱を空にしたニックは、食後のおやつのきなこねじりを手にして言った。
「午後もばりばり働くんだろうなあ」
きなこねじりは、沼田が弁当と一緒に俺たちに差し入れてくれたものだった。
「ねじれてる人が選ぶおやつは、やっぱりねじれてるなあ」
つぶやいて、ニックは、きなこねじりをころりと口に放り入れた。
俺は、YouTubeに違法アップロードされているという、沼田ミソギの過去映像を、見たくなってしまった。
その時だけゲヘゲへモンキーでもなんでもいいから、のぞき見てみたくなっちゃったのだ。

「僕らが深淵をのぞく時、深淵もまた、僕らのこと、のぞいてるよねー」
耳元で声がして、振り向くと、作業着を着た、ひょろりと背の高い男がいた。
弁当を食い終えた俺たちが、ニックと共に濾過課に戻ったあとのことだ。
濾過課の巨大洗濯機は依然丸窓の中のものをぐるんぐるんかき回し、ぐるんぐるんかき回されているなにかも依然として、しゃんしゃんしゃんしゃんと音を立てていた。

男が現れたのは、俺が、巨大洗濯機裏の土管から流れ落ちる水を眺めているときだった。土管から出る水は長い水路につながって、広い建物の向こう側の壁にまで続いている。
「濾過課課長、いーださんです」
ニックが俺を引き合わせた。
「勝手にのぞいちゃってて、すみません」
俺のことばにいーだ課長はにっこりした。
「落っこちないよう、気いつけてねー」
「労災は出るけどね」
ニックも笑った。

(続きはこちらです)


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