短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」東京砂金列車しゃんしゃん~全人類AV男優化計画③
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ああ、そうだよ。
俺は植物だ。
社会に出たことで、
「利害関係調査委員会」で日給3万円の仕事を得たことで、
ちょっといい報酬をいただける仕事を、ラッキーなめぐりあわせにより得たという、
そのへんにいる赤の他人にも、じゅうぶん起こりうる偶然で、
俺は植物化する。
俺は忘れる。自分を。
瞬時にすっかり忘れる。
社会というものは恐ろしい。
初期設定を忘れさせる。
俺がどんな俺だったかを、
社会というものは、忘れさせる。
社会は俺を、いつのまにか、かわいこちゃんにさせている。
俺の頭の中には、あの歌が流れる。
あの歌だ。
ディズニー映画「ふしぎの国のアリス」でお花たちが歌うあの歌。
しかし俺は、その歌を文字にすることを許されていない。
ここが「利害関係調査委員会」、著作権を窒息させ東京湾に流す場所であったとしても、俺はあの歌を文字にすることはできない。
らんららんららら らーらら らんららー
らんららんららら らーらーらー
らんららんららーらーらーらーらーらー
らんら らーら らーらーららー
脳内で流れる歌を聞きながら、シウマイ弁当を食べるAIお針子を、俺は眺めていた。
砂の詰まったゴミ袋が積み重ねられたごみ収集所にて。
歌を聞きながら俺は考える。
「シウマイ弁当」は、言ってもいい。
しかしあの歌はだめだ。
あの歌以外でも駄目だ。
俺は脳内の歌を消す。
そして俺は傍らの沼田ミソギといーだ課長に目を向ける。
するとふたたびあの歌が流れだす。
あの歌の歌詞の一部が聞こえる。
あの歌の歌詞の一部が、いつまでもいつまでも聞こえる。
ああ、そうだよ。
花畑のようだった。
ちらちらとお互いを見かわす沼田といーだ課長がお互いの体からいちゃいちゃエアを醸し出していた。タッグを組んでいちゃいちゃ空間をつくり始めていた。
そこから放たれる光、まぶしすぎるその閃光から大切な目を護るため、俺はシウマイ弁当を食べるAIお針子なぞというものに目を据える羽目になっていた。
このまま眺めていたら、やがて俺は気になって来るだろう。
AIお針子が、シウマイ弁当に入っているオレンジ色のあんずを、どのタイミングで食べるかが、気になって来るだろう。
それでAIお針子が、オレンジ色のあんずをデザートととらえているか、おかずのひとつととらえているかがわかるからだ。
俺は俺なのに。
俺は俺だというのに。
ああ、そうだよ。
俺はエモ山だった。
業務時間外だし、俺は早く帰宅し、俺のアパートにいるあの女を叩きおこしエモ山活動をせねばならない。
5万人のフォロワーが、エモを待っている。
俺は腕時計をたしかめた。
18時30分。
ガリラヤ倉庫から送迎バスで大井町駅まで30分。
そこから徒歩5分でアパートに到着するが、その前にコンビニに寄る。
今夜は肉じゃがにしようと思っていた。
「…ニック」
俺はつぶやく。
俺はニックからの仕打ちをまだ忘れていなかった。
送迎バスにタイミングよく乗車でき、コンビニにモンスタークレーマーという等価交換強盗等が現れて俺の時間を奪ったりしなければ、俺は19時30分までには帰宅できるはずだった。
俺は一刻も早くスーツを脱ぎ捨てて本来の俺に戻りたかった。
俺は社会を脱ぎ捨てて次元を一つ減らし、俺は俺に帰りたかった。
回 ← ここから
口 ← こうなりたかった。
エモだ。
エモだ。
エンタメだ。
SNSだ。
テレビはエンタメではなくなった。
いずれ、「金を払って観てもらう」ものになるだろう。
俺は天才少年だったころ、クイズ番組が好きだった。
母親の望む通り将来は東大に入ろうと思っていた。
入りさえすれば自由。東大を関所、バイパスにし、そこを出たあかつきにはクイズ芸人になろうと思っていた。
しかし今の俺は考える。
クイズ番組を見ながら思う。
東大を卒業したのに、まだクイズに「答え」ているのはなぜだ。
なぜいつまでも、「答え」を出し続けるのか。
もう、代わりがいるではないか。
AIという代役が。
俺はクイズ番組を、もう見ない。
「宇都宮の有名餃子店『チャオパレス』で餃子の餡に使用されている秘密の調味料とは、いったい何でしょう?」
と聞かれたら、答える。
「なんでもよいではないか」
俺は知っている。
人生は早押しクイズではない。
人生は三択クイズでもない。
間違い探しでもない。
「フリップに書いてお出しください」と言われても、あわてて書かなくていい。
なぜならば、俺自身が「問い」だからだ。
俺は「答え」ではない。
「じゃ、帰ろっかなぁ」
俺は小さな声で言った。
誰も聞いてないようだったので、咳払いしてもう一度。
「じゃ、帰ろっかなぁ~」
沼田といーだ課長には聞こえるボリュームだった。
沼田といーだ課長が答えた。
「あ、そう」
「いいね」
お互いを見つめながら、口だけ動かしていた。
…しあわせが欲しい。
俺は二人を見て思った。
…俺だけのしあわせが欲しい。
俺はアパートにいる女のことを考えた。
あの女からはぎ取って、はぎ取って、はぎ取ったら、しあわせが出てくるだろうか。
しあわせじゃなくても、いずれ、なにか出てくるのだろうか。
それとも俺は、永遠に、こうなのだろうか。
はぎ取り続けるだけなのだろうか。
ともあれ、二人からしゃんしゃんと放たれるいちゃいちゃ光線は、俺のものではなかった。
光線の被害から身を護るべく、俺は両手をバッテンにして胸を覆った。
お二人のお邪魔にならぬよう、沼田の背後へとそっと回りこみ、そのまますすっと横移動。ゴミ袋を蹴らぬよう、光線に、触れぬよう、けして触れぬよう足を忍ばせ、そろそろと出口へと向かった。
するとAIお針子が、弁当から顔をあげた。
AIお針子が、小さな口を開け、沼田たちに言った。
「帰っちゃうよー、この人」
沼田といーだ課長が、お互いを見つめながら答えた。
「いいのよ」
「いいね」
いったいこの二人は何をしているのだろう。
俺はカニのように横移動を続けた。
足音は、忍ばせた。
何をしているのかは不明だが、沼田たちの世界を侵害せぬよう気を配った。
その俺を、お針子は割りばしで追う。
腕を伸ばし、俺に照準を合わせるように、お針子の割りばしが動いた。
この人形のような小娘、俺はこいつが最初から好きじゃなかった。
なんかすごく変な感じがする。
いーだ課長は「かわいそうな子」だと言ったが、俺にはかわいそうには見えない。
お針子は、俺をからかうような声を出す。
「知らないってさ」
俺は無視した。
「『プラダを着た悪魔』も知らないし」
俺は無視した。
「『全人類AV男優化計画』も知らない。あはは」
俺は立ち止まり、振り向いた。
胸に手を当てたまま。
声がムカつく。
顔もムカつく。
全部ムカつく。
沼田といーだ課長越しに、AIお針子が、ニヤニヤしているのが見えた。
そのまま収集所を出て行くという手もあった。
しかし俺は俺だった。
「全人類?」
見つめ合う沼田といーだ課長越しに、俺はAIお針子に答えていた。
「AV男優化計画だと?」
見つめ合う沼田といーだ課長は、どうせ聞いてはいない。
その証拠に、AIお針子だけがうなずいた。
そんなものは俺には関係なかった。
俺はさっさと帰宅して、アパートにいる女とエモを作るのだ。
その前に、ちょっと映画の話もしよう。『プラダを着た悪魔』のことを聞こう。
ああその前にトイレトイレ。
俺には自宅でしかできないことがあるのだ。
俺はすましてAIお針子に言った。
「全人類AV男優化計画だと? そんなもの」
おとなの威厳をぶちかまし、はははと笑ってみせた。
「なんでもよいではないか」
俺の返事にAIお針子は、小さく首を傾げた。
通じない。
ムカつく。
俺はもう一度言った。
「なんでも、よいでは、ないか」
「よかねーわ」
大きな声がした。
沼田の声だった。
俺ははっと息をのんだ。
沼田が俺に振り向き、黒ぶち眼鏡の奥から、俺を睨んでいたからだ。
沼田が怒っていた。
昼間もたしか、怒っていた。
しかし、今のほうが怒りは強そうだ。
なぜならば、そのあと口にしたことば、
「やだわ」
が、やけに静かだったからだ。
「なんでもよかあないのよ、エモ山君」
沼田が口を開いた。
「なんでもよかあ、ないわ」
AIお針子の割りばしが、まだ俺を狙っていた。
沼田の視線が、俺を捉えていた。
その沼田に、いーだ課長が、瞳で「いいね」を送っていた。
俺は尋ねた。自分の口から出た声が渇いて聞こえた。
「な、なぜでしょうか…?」
「知りたいの?」
ぱち。
ゴミ収集所が、急に明るくなった。
天井の照明が点灯したのだ。
空気に薄い電気が走り、蛍光灯に照らされた白いゴミ袋が一斉にその白さを増し、俺はその場所がいつの間にか暗くなっていたことに気づく。
ゴミ袋の白が俺の鼻の奥をつんと刺した。
印字された「産廃」という緑文字は、どれもこれもいろんな方向にひっぱられ、よじれていた。
蛍光灯の灯りの下、俺は自分をそのよじれた緑文字のひとつのように思った。
らんららんららら らーらら らんららー
らんららんららら らーらーらー
花たちのあの歌が半音下がり、BPMを落とし、やけにゆっくり聞こえてきた。
俺の頭の中で。
なんでだろ。
音楽が。
ドロップドロップ沈みゆく。
俺の気持ちはらせん状に沈んでいった。
ないものがあるような気がするからだった。
それを追いかければ俺は沈んでいく。
そして俺は答える。
背後から遠く、聞こえてくる声に。
ああ、そうだよ。
俺は植物だよ。
俺は今、「答え」を求めてしまっている。
俺は、全人類AV男優化計画について、知りたくなっていた。
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