短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(29) しとしとぴっちゃん待つ待つ待つわいつまでも待つ待つ
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しとしとぴっちゃんバスの停。
俺は、ピンク色の雨傘をさしたほくろ女に見つめられていた。
さっきまで俺はほくろ女を見ているガワだった。
が、ほくろ女が俺を見ることにより、盆まわし、舞台はぐるっと回転し、俺は見られるものとなり、雨音は急に遠のく。
まるで、世界の音声さんがフェーダーのレバーを一気に下げたかのように。
俺たちの間には、遺産相続WEB男がいた。
遺産相続WEB男が、隣に誰かが来た気配だけを感じ取り、スマホに目を落としたまま、俺のほうにちょっと横移動し、列を詰めた。
その男の動きに従うように、ほくろ女は、男が詰めた距離分だけ俺の方ににじり寄る。
すると遺産相続は、その気配をまた感じ取り、またちょっと詰める。
ほくろ女がにじり寄る。
遺産相続が詰める。
ほくろ女が。
遺産相続が。
もちろんほくろも一緒だった。
白い頬の上で、ほくろは黒く、すこし黄みがかっていて茶色く見えないこともない部分があり、全体では円形だが、黒と茶色を選別すれば、パンゲア大陸の三日月形に見えなくもない。
あんまりじっと見られるので、自分の頬にもほくろがあるような気が、俺はしてきた。
思わず手で触れた俺の頬は冷たかった。
「ワラワの」
と、ほくろ女が言った。
「ほくろを見ておろう」
なんすか?
っていう顔を、俺はして見せた。
頬に手を当てたまま、俺は関係ないですよ、って顔を
しようとした。
するとほくろ女が言った。
「そなたの手がもうしておる」
あ、そうなんですね、って顔を、俺は
して見せようとした。
「ワラワが見えるのだな」
女がにじり寄り、遺産相続がちょっと詰めた。
「見えるのだな」
「見えるのだな」
応えるかわりに俺は思った。
ていうかこんなやつばっかりだな。
俺のまわりにくるやつってだいたいこんな感じだよね、って。
しとしとぴっちゃんだからかな。
俺が悪いのかな。
「そうじゃ」
ほくろ女が言った。
「ワラワが見えるのじゃ」
ピンク色の雨傘の布部分はピンと張っていて、そこに雨粒が当たるから、
ぼこぼこ音が鳴る。
俺の傘はビニルだし、幽玄に、よれっとしてるからそこまで音はしない。
ピンク色の雨傘の内側には雨粒が影になってうつっていた。
俺のビニルは雨を影じゃなく姿で見せる。
「ワラワは」
ほくろ女は言った。
「時々見えるのじゃ」
「はあ」
「見えてしまう」
「はあ」
「だれかれともなく」
俺は頬を掻き、こたえた。
「あそーすか」
「ワラワは」
「あはい」
「さまよえる平安人じゃ」
「なるほどですね」
「スエツムハナと呼べ」
「あそーすか」
ほくろ女は、俺を見つめた。
「呼べ」
呼ばない。
「いま、呼べ」
にじり寄る。
呼ばない。
にじり寄る。
「あーあーのさー」
遺産相続WEB男が、ぱっと顔をあげ、ほくろ女に言った。
「おおーねえさんさー、こっちに寄りすぎだあ」
無視する。
「呼べ」
にじり寄る。
「だあかあらあおおおおねえさんさー」
遺産相続が、ほくろ女をスマホでおしのけた。
ほくろ女が付き返し、雨傘同士がぶつかって、しぶきがあがった。
「ワラワの名は、スエツムハナ」
「いやいやいやいや、そういうの、違うと思うよお」
「呼べ」
「順番抜かしだよお」
「スエツムハナ」
「違うと思うよお」
ほくろ女が、きろりと遺産相続を見た。
・おめーは黙ってろ。
・おめーに言ってんじゃねーんだよ。
・ところでおめーはいったい誰なんだ。
が、一緒くたになった顔で、男を睨みつけた。
「いやいやいやいや、違うと思うよお」
男は遺産相続のことで頭がいっぱいだから、ほくろ女の表情なんかには気づかない。
俺たちの間に体を割り込ませ、自分の場所を確保した。
「だいたいさあ、末摘花はさあ、ほくろなんかないんだよお」
男が、スマホ画面を親指で、しぱしぱやりながら言った。
「『あさきゆめみし』で、読んだもん」
俺はため息つき雨眺め。
どうして俺のまわりにはこんなやつしかいないのだ。
俺が悪いの?
しとしとぴっちゃんじゃなくて?
「ワラワは」
ほくろ女は遺産相続に言った。
「スエツムハナじゃ」
「末摘花はさあ」
「ヒカルノキミを、待っておじゃる」
俺はため息つき腕時計眺め。
今が令和時代だってことをたしかめた。
「待っておじゃる」
まだ来ないな。
バスが。
しとしとしとしと。
しとしとしとしと。
「まあ、そうなんだけどさあ」
遺産相続が言った。
「順番抜かしはやめてよねえ」
俺は仮に雨眺め。
ていたとしても、地獄耳はちゃんと作動している。
自分の横で何が起きているかは知っている。
が、俺はしない。
バスの停の棒の横から動くことについては考えない。
かわりに。
チーママのことを思い出していた。
黙秘権を使い、チーママが、まだ俺に見せていない部分について、黙秘権を使い、ついぞちらっと考えそうになったりもし、けどやっぱそういうのって汚しちゃうっていうかいけないいけないいけないから灰色の空見上げ雨を見て。
雨を見て黙秘権。
黙秘権雨を見て。
黙秘権は、便利だな。
しとしとしとしと。
しとしとしとしと。
「下臈よ」
ほくろ女は遺産相続に言った。
「そちはしばし、黙っておれ」
そしてほくろ女は、俺に顔を向けた。
「ほくろがのう」
遺産相続越しに、ほくろ女が俺に言った。
「申しておる」
しとしとしとしと。
「ヒカルノキミは、いつか来る、いつか必ず来る、と」
しとしとしとしと。
「ワラワは」
しとしとしとしと。
「ほくろに従うのじゃ」
「ほくろがのう」
しとしとしとしと。
「いつしか、できたので、おじゃる」
しとしとしとしと。
「ワラワは」
しとしとしとしと。
「負けそうだったので、おじゃる」
しとしとしとしと。
「ところがのう」
しとしとしとしと。
「できたので、おじゃる」
しとしとしとしと。
「ほくろがのう」
しとしとしとしと。
「申したで、おじゃる」
しとしとしとしと。
「在れや在れやと、在れや在れやと」
「申すでおじゃる」
俺は真上に顔をあげ、降ってくる雨を見つめる。
雨のかたちを見ようとする。
ビニル傘越しの雨は線になっておれに降ってくる。
「ワラワは」
ほくろ女は言った。
「もう、なにもいらぬ」
俺の地獄耳でなければ聴き取れぬ、
雨音に消えそうな声だった。
「ほくろが、こう申しておる」
しとしとしとしと。
しとしとしと。
しとしとしと。
俺は雨を見ていた。
「ワラワをつなぐもの。ワラワをつなぎとめるもの。それは」
俺は、ほくろ女に顔を向けた。
ぶしゃおおおおおおうッつ。
と音がして、水しぶきを上げたバスが、俺の前に入ってきた。
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