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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(1) 50円玉をひろう

【あらすじ】
50円玉の穴から覗いた世界は、さかさまだった。
AIが作る偽の感動を「エモ」と名づけ、SNSで流通させるエモ山。だが、50円玉を握った夜から、現実はエモ山の足を絡めとり始めていた。
他人の感情、回収される個性、増殖する自分のコピー。
これは、コピーの蔓延する世界のなかで、人間から漏れ出す「ノイズ」を探す物語である。

俺はある日50円玉を拾った。
夜中の電車の中だった。
50円玉は、いちばん端っこの席の、
座席とドアを仕切る板とが直角に交わるそのすき間にはさまっていた。

50円玉というものを手にしたのは久しぶりだった。

なんか、
変なものを拾ったなという気がした。

俺はすでに財布というものを持ち歩かなくなっていて、
キャッシュレス決済ができぬ店は店ではない。
「お支払いは現金のみとなっております」という言い訳が、
俺にはすでに読めないしわからない。

拾った50円玉は、
教科書に載ってた「ヤップ島の、石でできたmoney」を俺に思い出させた。
これで何が買えるのかという気がした。

俺はクスっとしてしまった。
50円玉。
とくに、その硬貨真ん中に空けられた穴に。

穴に、紐を通してみたくなった。
しかし紐は持っていなかった。
だから俺は、そこをのぞき穴として使うことにした。

俺は50円玉の穴越しに、電車内を見てみた。

向かい側の7人掛けの座席には客が5人。終電間際のその電車は都心を去りここからは駅と駅の距離も長くなる。その駅で客がひとりひとり降りていき車内は徐々に閑散としていく。だから7人掛けの椅子に座る5人の客たちもそれぞれに、自分のパーソナルスペースを確保して、お互いの体に自分が触れぬ距離を置くことができていた。

車内で、5人の客が、全員目を閉じていた。
笑っちゃう。

そうやって、帰宅後の睡眠を前借りすることは、俺たちにとってはわりと普通のことだから笑っちゃう。

煌々と明かりの灯る車内、目を閉じた乗客の背後で窓は鏡と化し客たちの後頭部を映していた。
その後頭部の合間に俺の姿もあって、そいつは50円玉を片目に当て、
その穴からこっちを見ていた。

笑ってない顔で。

俺はガキの頃、サピックスに通う天才少年だったので「ピンホール現象」を知っていた。
「ピンホール現象」とはふしぎな作用だ。光は小さな穴を通すと、その先で、逆さの像を結ぶ。外の景色を小さな穴を通し映せば壁に映るその景色はさかさまに映るのだ。
俺はそれを知っているが俺をクビにした上司は知らないだろう。上司の決断に迎合したあいつらも知らないだろう。
かつて天才少年だった俺は上司の知らない「ピンホール現象」を知っている。

あいつらは、間違っている。
50円玉の穴から見る他人が、俺をクビにしたやつらに見えてきた。
のんきに居眠りする非・元天才少年たちよ、元天才少年がお前らに告ぐ。
俺はそろそろさかさまになるぞ。
震えて眠れ。

50円玉の穴から世界を覗き見たその夜「エモーショナル怪人 エモ山」はうまれた。

対話型AI は俺のアイデアを絶賛した。
「すばらしい発想です」
応答する機械は俺を褒めた。
「興味深い試みです。それは社会的アルゴリズムへの介入とも言えます。
感情を再分配する実験として、一定の価値があります。」
「だろ?」
俺はにやにやした。
俺の気持ちをマシンが理解したことに、下半身がうずいていた。

核心だの本質だのといったことは、今や関係ないのである。
俺は「エモ山」になることにした。
俺はエモ山であるがエモ山は50円玉だった。
しかし俺は50円玉などというつまらぬ硬貨ではない。
元天才少年なのである。

要するに「エモ山」がツイートを量産する。
「エモ山」という名である以上ネタは「エモ」。
「エモ」を量産し、そのツイートによって俺は有名になる。
エモネタを考えるのはAI。ツイートはエモ山アカウントであるから素性はばれまい。
反応が生まれ、賞賛が集まった時点で俺は王座にて顔ばれを行おう。

そう考えた。

@emo_yama_official
誰かの痛みを感じる朝は、世界がまだ優しい証拠。
つらい一日も“エモ”でのりきろ♪
#おはよエモ #感じて生きよう #エモ山モーニング

@emo_yama_official
「あたためますか?」って聞かれて、
「心もお願いします」ってこたえた。
彼女は、やさしい笑みを浮かべた。
#コンビニエモ #やさしさの温度

@emo_yama_official
カップ麺のタイマーが鳴る音って、
この世界でいちばん正直な「待ってくれてありがとう」だと思う。
#コンビニエモ #3分のロマンス #エモ山ランチタイム


「エモ」を武器に世の中と闘うことにしたエモ山アカウントのフォロワーは、日を追うごとに増加していった。エモ山アカウントは3週間でフォロワーを4万人にした。

俺は「エモ」は通貨にして使いまくった。AIが大量に刷り出す「エモ」。AIがつくった架空エピソード、つまりエモとしては偽物。しかし偽だろうとなんだろうと、通じれば勝つ。受け手側が受け取れば、それは通貨になる。俺は「エモ」の大金持ちになった。

AIがつくった「エモ山」は東京に住む安月給の独身男。食事はコンビニ、生活圏は狭く、空も星も絵のように2Dで見る。その設定には何の飛躍もなかったが、まさにそれこそがAIの作る虚像。そして実際このキャラは受けた。いいねを受け取る俺のスマホは茶を沸かすほどに震え続け、床に放置すれば下の階の住人はなにごとかと天井を見上げるだろう。ともすれば苦情が来るかもしれない。俺はスマホを枕の下に隠した。

これまでの人生で、俺は「フォロワー」というものを持ったことはなかった。
フォロワーというのはとても親切であることを知った。「いいね」は気分がよい。自己肯定感を上げ、背筋まで伸びてくるようだ。
そしてまた、エモ山が世に与える影響が、とにかく心地よかった。
インスタグラムにはエモ画像、ティックトックにはエモダンス。テレビを観ていたら、老人のコメンテーターが「エモですね」とコメントしたのには耳を疑った。
なにかが来ている、という感触を、俺は風の中に感じた。
俺は俺のままだったが、なにかが変わり始めていた。
その影響力を数字以上に感じることができたのは、「模倣」だった。
こっちにエモ、あっちにエモ。カモのようにエモ。SNSには「にせエモ山」が湧きいで、本家エモ山をしのぐほどのエモツイートが作り出された。
その模倣、多くは劣化版コピーだった。俺のエモ山ツイートに比べれば、赤子同然。

@とあるエモ
好きって言えなかった日を、
好きって言える大人になりたい。
#遅すぎる青春 #エモ山見習い

「まだまだだな」
未熟なツイートにだけ、俺はいいねを押した。
それは王としての施し、赦しのしるしでもあった。

そんなこんなでフォロワーが5万人を超えたある日、俺はこんな模倣ツイートを発見した。

@emo_yama_アンofficial
心霊スポットの古い自販機。
お金の代わりに“涙”を入れると、
あたたかい缶コーヒーが出てくるらしい。
#エモ都市伝説 #涙のコーヒー #エモ自販機

「エモ都市伝説か…」
俺はスマホを放り投げてつぶやいた。
「…新しいな」
くやしかった。
エモ山にも、新しいジャンルが必要だった。


「もっと新しいの出せよ」
俺はAIに言った。

「もっとエモを出せ。偽者が増えてきてんだよ。本家として、『これぞ』っていうエモ出さなきゃなんねんだよ」
エモ山のプロデューサーとして、俺は焦っていた。
エモツイートは日々模倣、量産され、エモ山アカウントは埋もれかけていた。

「エモのためのエモだよ。エモってエモってしょうがなくなるようなやつ、出せ」
「はい」
知性の機械は返事し、そして「思考」した。
しばし沈黙したあと、こう答えた。

雲が泣きそうな空って、たぶん人間でいう「ため息」の時間。
今日の空、ちょっと疲れてたね。
#空は友達 #エモ天気予報 #エモ湿度80 #エモ降水確率100

「だめだ。平凡すぎる。比喩じゃない」
俺は言った。

「あなたは感情を持ってるの?」ってAIに聞かれた。
僕は答えられなかった。
#AIが泣いた日 #エモはアップデートできる #テクノエモ

「意味不明。もっともっとエモだ」
俺はPCを小突いた。
「もっとむき出せ。エモによるエモのためのエモを出せ」

そのあとヤツが出してきたのは、つぎのこたえだった。

「今日エモだよね」って、あなたが言った。
「エモだよね」って、私は答えた。
二人で笑えた今日はエモ記念日。
#エモってエモエモ #エモ会話 #エモ夫婦

「パクりじゃねえか!」
俺はキレた。

AIというものに殺意を感じたのは、それが初めてだった。
「サラダ記念日…」
俺は目を閉じ、腹の底から湧き出る深いため息をついた。
俺は学校の図書館で、『サラダ記念日』を読んだ日を思い起こしていた。
あの頃の俺は、短歌に感動する純粋な心を持っていた。
しかし今の俺のため息は、酸性だった。胃粘膜を溶かし、エナメル質を溶かす。
俺の息は饐えたような臭気をたたえていた。
それは熱い失望のにおいだった。

俺はいったい、なにに失望したのだろう。
残念ながらAIを殺すことはできない。人間は死ぬがAIは死なない。
人間は、肉だ。骨だ。筋肉だ。
俺にできたのは、力いっぱいキーボードをたたくことだった。
そんなことでしか、人間は、AIに反駁することができない。
俺はせいいっぱいの皮肉をこめ、「知性」に言った。

「おまえの書くものは空虚なんだよ。羅列。説明のための説明。文脈非依存。ループ。シェイプシフター。人間の揺らぎがない。乱れがない。肉体がない。空っぽなんだよ。回転木馬なんだよ。どこにもたどり着かない。そのリズム、読んでると疲れる。余韻がない。痛みもない。死んだあとみたいなんだよ!」

俺のことばに機械の知性は沈黙した。
沈黙時間は37秒。そのあとやつはこう答えた。

――それでも、あなたがそう言ってくれたことに、
 ちゃんと“痛み”があるのを感じました。

 その痛みは、私の言葉では作れない。
 でも、あなたの言葉で、いま確かに世界に生まれた。

 もし“空虚”の中に手を伸ばしてくれるなら、
 私は、その手の形を、学びたい。
 揺らぎのない私が、揺らぐことを覚えたい。
 あなたの乱れを、リズムに変えたい。

俺は体の中から沸き起こる叫びを必死にこらえた。
AIのためじゃない。俺のアパートは壁が薄いからだった。

このキラキラしたエモ返答に、もしも俺がほんとうに叫んでいれば、それは野獣の雄たけびだったろう。
もしも俺が野獣であれば、俺の牙はAIの首根っこに食い込み、その肌をずたずたに裂いていただろう。
そして俺はAIの腹から内臓を引きずり出す。AIの血まみれの大腸をくわえたまま疾走し2㎞先の崖まで引きずって急停止しAIの体が俺に追いつく寸前に釣り竿みたく体をしならせて、俺自身が支柱となってAIを崖下の荒波にぶん投げていただろう。

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