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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(27) 未来のシビト~ニセモノだらけの世の中で

これまでのエモ山


ま、
俺なんかは自分をニセモノだと思っている。

近くで見れば「エモ山」だけど、遠くにあったら「ニセ山」に見えなくもないし、「ほんとうのエモ山」はニセモノの俺なわけだし。
けど俺は「エモ山」だからエモ山なのだ。

ま、
いーだ課長が俺に見せてくれた「年表」。
何度も言うがそれは紙に手書きされてあった。
ボールペンかなんかで。
紙だってA4のコピー用紙だし。
だから俺がそれをどう理解したかというと理解しなかった。
そこに、未来のことが書いてあったからだ。

俺はアパートに置きっぱなしの50円玉を思い出した。
「こどもぎんこう」って文字が浮き出ているニセモノの50円玉。
それは、ガキが金のやりとりを自然に学ぶようつくられたニセ金。
どこにも流通しない金。
まんなかに、ぽっかり穴の開いた。

「エモ山君」
いーだ課長が俺に言った。
「僕は未来から来たんだ」

ま。

来たというのなら来たことを信じるしかない。
消防署の方から来たら消防署の方から来たわけで、全米が泣いたのなら泣いたんだろうし、俺はエモ山なわけだし。

「はあ」
俺は「年表」に目をおとしながら答えた。
もうすぐ17時、俺が3万円になる時刻。
いーだ課長が「未来から来た」なんて言い出したから、今日もサービス残業かなってちらっと思った。

「エモ山君」
いーだ課長は言った。
「僕たちはみな、未来のシビトだ」
「シビト?」
「死者だよ。死んだ者」
「はあ」
まあ、そうだけど。
今日もサービス残業かな。
「人間は、必ずいつか死ぬ」
「でしょうね」
「一日一日、死に近づいている」
「ですよね」
きっと、サービス残業だ。

いーだ課長が、つと遠くを見て言った。
「ニックは今日死ぬだろうか」
俺は一秒も考えることなく答えた。
「死なないと思いますよ」
「僕は未来で死んでいる」
いーだ課長のことばを耳にして、俺は確信した。
今日は絶対サービス残業だ、と。

いや、俺は現代人として、残業を拒否する権利を持っている。
いや、持っているはずだ。
いや、持っていてしかるべきだ。
だからその場で「あそーすね」とか言って、さっさと帰ることもできた。
しかし。
地獄耳ってのは、わからないことを聞き逃せない耳だってことだ。
わからないことは何度も考えちゃう耳だってことだ。
俺はいーだ課長に尋ねていた。
「つまり?」
「つまり」
バトンを手渡されたようにいーだ課長は答える。
「『未来で死んでいる』とは、どうせ終わる。残らない、意味を持たないと思うこと」
俺は訊いた。
「つまり?」
「つまり」
バトンは渡さないぞという目でいーだ課長は答える。
「どうせ死ぬ」
「ん?」
「『最初から死んでいる』ということを、僕は引き受けている」

俺はいーだ課長をじーーっと見て、それから言った。
「ん?」

「ゴッホは死んでから評価された。生きて絵を描いている間は万人から無視されていた。ゴッホという人間が、生きて絵を描いていることを、ほとんど誰も知らなかった」
「はあ」
「つまり、ゴッホという人間は、生きているときから死人だった」
「はあ」
「エモ山君」
「はい」
「人間というものはね、他人をシビトにするんだ」
「シビトに」
「無視でシビトにし、雑なものわかりでシビトにし、希望でシビトにする」

ぽちゃり。

プールで水音がした。
いーだ課長はその音に、鼻先を向け言った。
「『感電びりびり』は、僕が見つけた」

ぽちゃり。

「『感電びりびり』は、僕より長く生きている。僕がそれを見つけた時、それはすでにあった」

ぽこり。

鏡のような水面に小さなあぶくが浮かび、そこから波紋が広がった。

「僕はね、エモ山君」
プールを眺めながらいーだ課長は言った。
「30年やっている。この仕事を」
いーだ課長が、タモを軽く上げて見せた。
「30年、砂は増えていき、さらってもさらっても、増えていく。僕はどんどん忙しくなっていった」
だから俺が雇われたんだよねー。
「創作とは、人間が、自分をシビトにする行為だと、僕は思うんだが」
いーだ課長はかすかに笑った。
「しかし、砂は増えていく。コピペ部はどんどん忙しくなる」

クリッククリック。
クリッククリック。

「この前ひとり死んだよ」
「は?」
「コピペ部でね」
「死んだ?」
いーだ課長がうなずく。
「コピペを担当していた男がいた。勤続30年、毎日コピペをし、コピペしながら死んだ」
いーだ課長は遠くを見た。
「マウスに手を置いたまま、彼がデスクで死んでいることに、しばらく誰も気づかなかった」

クリッククリック。
クリッククリック。

ぽちゃり。

「たった一人の死」
いーだ課長は続けた。
「『利害関係調査委員会』は、秘匿性の高い組織だ。だから内部で死人が出たとしても、報道なんかされない。そもそもが、たった一人の静かな死だ。ニュースではない」

ぽちゃり。

俺が死んだって、誰も騒がない。

「彼は無縁仏となった」
いーだ課長がかすかに笑った。
「ニュースにはならなかった。けれど、話として聞くくらいなら、ちょうどいいくらいの不幸な死だ。ひとごととして、消費するにはちょうどいい」

ぽちゃり。

俺が自分の墓を見ることはない。

俺は顔をあげ、いーだ課長を見た。
「その男」
「ん?」
「30年?」
俺が尋ねると、いーだ課長はうなずいた。
俺は言った。
「もしかして、その死んだ男って」
「僕じゃないよ」
いーだ課長はかぶりをふった。少し残念そうに。
「僕じゃない」

クリッククリック。

クリッククリック。

「僕じゃあないけどね、エモ山君」
「はい」
「僕のような気もする」

ぽちゃり。

ポケットにしまっていた「年表」を、いーだ課長が取り出した。
「これはその彼が遺したものなんだ。彼が書いたもの。彼が見たもの」
何度も折ったり開いたりされたのだろう、紙はよれよれになっていた。
「そして彼は消え、残ったのはこれだけ」

クリッククリック。

クリッククリック。

いーだ課長は、「年表」をしげしげ眺めた。
「僕は、よく書けてると思うな」
うなずきながら続けた。
「この『年表』は、正しいよ」

ああ。

俺は天井を見上げた。
「正しい」って聞いちゃって、俺はその年表をもう一回見せてもらいたくなったのだが残念、いーだ課長は紙を折りたたみ、「年表」をポケットにいれてしまった。

おそらく俺が今後あの「年表」を目にすることはない。
死ぬまで目にすることはない。
永遠に目にすることはない。

「エモ山君」
いーだ課長は、プールからタモを引き上げながら言った。
「僕は、未来のシビトだ」

タモの先から水滴がぽたぽた落ちた。
その水滴が靴に落ちないよう、いーだ課長はタモの先を自分から遠く離すようにして斜めに持つ。
タモの先は、どこでもない方向を指していた。

いーだ課長が、タモを持って立っていた。
「未来のシビトは、誰であってもいい」

タモ持ってるおっさんを見ているだけなのに、俺は思った。

沼田ミソギが惚れるの、わーかーるぅー♡

俺はその時、自分の中に乙女を感じた。

ぽこり。

「エモ山君」
いーだ課長は言った。
「何度も言うけどね、僕はシビト。僕は未来で死んでいる」
そのときまだ俺は、「わーかーるぅー♡」の乙女に憑依されている途中だった。
「わーかーるぅー♡」が、抜け切れていなかった。

けどいーだ課長は言った。
「だからね、エモ山君」
いーだ課長は、タモをシャッと振って水を切りながら言った。
「僕の話は聞かなくていい、ということ」

えーーーーーー。

(続きはこちらから)




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