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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(30) 砂金ドマンと括る指

エモーショナル怪人 エモ山 これまでのおはなし


「小さなことは大きなことでもある」
あまね君が俺に言った。
「そう思わないかい?エモ山君」

「そうっすね」
俺がプールにタモをつっこむと。

とぷん。

と音がする。
タモの白い網部分は少し浮き気味に、青い水の中で、クラゲのように広がる。
俺はタモの柄を両手で握り、水の重さを引き受けながら、水からタモを浮かす。
水から上げたタモには細かい網目部分に砂がついている。
網の目に、灰色の砂がへばりついている。
小さくきらっと光るやつもある。
俺はその全部を、プールサイドにぱーんと放る。

俺のこの仕事は薄味。
あまね君は濃厚。

あまね君は、タモを持たない。

「主体のないものが、主体のないものを“承認”する」
あまね君は、言いながら、“承認”と口にしたとき、両手の指を二本ずつ使い「““」をつくる。
あまね君の指は承認ということばを括って閉じ込める。

俺はタモを振る。砂を放る。

俺は自分の天才少年時代を思い返す。
俺がサピックスであまね君の隣の席に座っていたころのことを思い返す。
あまね君という男は子供のころからあまね君だった。
圧倒的に何かが違う、という人間が、この世界には存在する。
同じ場所にいても、住んでいる世界が違う。

その世界は物ではなく肩書でもないし見た目でもないし、他者からの視線でもないし、自己定義でもないものでできている。
そういう世界に住んでいる人間がたまにいる。
それがあまね君だった。

サピックスで、あまね君を横から睨んでいた俺も、もしかすれば俺のままだった。
この世界は全員が全員平行線で進んでいる。
横を見たら負けなんだって気がしてくるので俺はタモを振る。
砂を放る。

丸いプールの縁をぐるっとまわり、いーだ課長が俺たちのところへやってきた。

「エモ山君」
いーだ課長が言う。
「ニックは良くなったそうだよ」
「あ、そーすか」
「午後には出社するそうだ」
「あっす」
「感電も、大事には至らなかったらしい」

それからいーだ課長は、あまね君に向く。
「どうですか」
と、あまね君に尋ねる。

あまね君がそのことばにわずかに肩をすくめ首振るのを、俺はタモを振りながら横目で見る。

あまね君といーだ課長が額をつき合わせ、俺には聴き取れないくらいの小さな声で、何か相談していた。
俺は地獄耳だから、タモを水に沈め、まるく広がる波紋を眺めるふりしてその断片を聴き取る。

・みつからない
・いつのまにか
・想定外だった

あまね君といーだ課長は、そんなことを話し合っている。

俺は考える。
プールに浮かぶ砂について考える。
この砂は、コピペ部のやつらがネットからコピペして集めた文字情報が、濾過課の巨大洗濯機で攪拌されたもの。
砂はわけあり明太子の「わけ」の部分で、俺といーだ課長と、ニックは、それをタモでさらってすくいあげ、袋に詰めてゴミ収集所に運ぶ。
「砂に砂金が混じる割合は、自称繊細さんがほんとうに繊細である割合と同じくらいだ」ゴミ収集所で沼田は言っていた。

砂金は砂に混じったまま、捨てられる。
それを、あまね君たちが、こっそりと東京の地下に埋め戻している。
砂はいつか土になるからだ。
土は花を育て、果実を実らせるからだ。
あまね君は、そういうことをやっている。

つまりこういうことなのかもしれない。
俺とあまね君の世界は全然違うけど、ここは俺の世界なんだってこと。

俺はタモを引き上げて、振る。

しゅぱん。

タモを水につっこんで、波紋を作り。

しゅぱん。

ぽたぽた。
タモの先からしずくが垂れた。

「エモ山君」
いーだ課長が俺に言った。
「僕たちはちょっと、ゴミ収集所に行ってくるよ」
「はあ」
「もうすぐニックが来ると思うから、君はここにいてくれるかな」
「いっす」
「ありがとうね」
「あっす」

いーだ課長のスニーカーはプールサイドのタイルをきゅっきゅと踏んで、あまね君の足音はなぜかしない。
いーだ課長の作業服の背中は洗いざらされていて、いーだ課長に向くあまね君のてかてかすすフェイスの細い横顔は、どこか青白かった。
それはもしかすると、プールの水の青色をうつしている。
あるいはもしかすると、あまね君は、ほんとうに青ざめている。

俺はプール室にひとりになって、今さらながら、このだだっ広い部屋っていうか場所、みたいなものを、ぐるり眺め、ここが実際は困難に静かな場所だってことに気づく。
ふだんだったらニックが、俺の横でがさがさがさがさ動き回り、つまらぬ話を延々としているから、ニックがいないというだけで、ここは大変に静かなのである。

あ、でも水の中には感電びりびりがいるんだよね、ってことを俺は思い出す。
ニックを感電させた感電びりびりは、たぶん今も、水の中を泳いでいる。

サボりようのない仕事だからひとりになったって俺はサボらない。
サボりたいってことはサボったことによりなにか得するようなことがあるからで、
サボるメリットのない仕事はサボったってしょうがない。

しゅぱんっ。

メシをつくるだの掃除するだの赤ん坊のオシメを換えるだのという家事労働を「それってただマイナスをゼロに戻すだけの作業ですよね。なにも作り出してないじゃないすか」みたいなこと言ってバカにする人間がいるが、そういう人間のやってる仕事も結構ただ「マイナスをゼロに戻してる」だけだったりする。
そもそもその発言自体がひとつもプラスにはなっていない。

しゅぱんっ。

自分のやってる仕事が「単にマイナスをゼロに戻しているだけの側面もある」、「ともすればマイナスをマイナスにしているだけかもしれない」、「だいたいそんなもんだ」ってことに気づいてないやつは家事労働をバカにする。

人間。

だものっ。

俺は3万円になりたいから仕事はサボらない。
サボっても3万円になるけど、サボった日給3万円と、サボらなかった日給3万円は違う。

あまね君が東京の地下に戻す砂を俺は集める。

それでいいではないか。
それでいいではないか。

俺はタモを振る。

しぱぴん。

タモが風を切り、砂が飛ぶ。

ざぶりとタモを、水につっこむ。

しぱぴん。

タモが風を切り、砂が飛ぶ。

片手でやってみる。
両手でやってみる。
大きく振りかぶってみる。
しぱぴんのあと、くるっとターン。
しぱ。
とやると、見せかけて、止まり、とんとんとん、プールサイドにうちつけて、みたりして。

誰も見ていないのをいいことに、俺は、サボるかわりにバリエーションをつけタモを振った。

そして。

俺が「タモ振り選手権」東京代表として、ここ「利害関係調査委員会」コピペ部濾過課プール室から衛星生中継でお送りされている試合に出ていることを想像しながら。

タモを手にフィールドに現れた俺を満員の観衆が喝采で出迎え。

しかし俺が唇に、指を一本あてさえすれば、すかさず観衆は静まりかえり。

ごくり。

かたずのんで見守る中俺はうつむき加減に、タモのコンディションなど柄を握ったり、離したりして確かめたりしながらプールサイドにゆっくりと、歩み寄り。
立ち止まり。

ごくり。

別の観客がかたずのみ。
動いているのははるか上空を飛ぶカラス一羽。
やがて俺は、タモを。

タモを。

と、ここまでシーンが続いたところで、俺は何かからの視線を感じた。
俺はプール室の出入り口に、つと振り向いた。

そこに、男が立っていた。
戸口に手を添えて、体を半分出し、肩から首をちょっと横にずらし、そーっと、のぞき見るような姿勢で、俺を見ていた。

俺は顔よりもまず、その男の体の色に、息をのんだ。

男の全身が、金色に輝いていたからだ。

(続きはこちらです)



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