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短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(60) 半信半疑 ― エゴ山置き手紙

前回のエモ山


親分へ。

つまりこれって単なる
エゴ山のひとりごとでしかないんだけど。

親分。

俺はこう見えて、
けっこう毎日考えている。

親分が、仕事に行っているあいだ、
エモツイート書きながら、考えてる。

なんで考えられるかというと、
俺は頭だから。
首から下は俺じゃないから。
首から下は、
冷蔵庫から出てきたあの女だから。

頭は俺。
手足はその女。
だからツイートも、
俺が書いているようでいて、実は女が書いている。
椅子の上で、長い足、組みかえながら。

じゃあこの手紙。
今俺が、考えながら書いてるこの手紙も、その女が書いているのか。

「これ、おまえが書いてんの?」
俺が尋ねると、女はこう答えた。

「半分は正解、もう半分は誤解よ」
女は俺の口で答えた。

親分も知ってるよね。
この女のこういうとこがほんとーに俺たちを苛立たせる。
なんでも半分に分けやがる。
それが正しいと思ってる。
正しいと思うから、分けられると思ってる。

こんなこと、誰がこいつに教えたんだろうね。

「嘘つくな」
俺は女に言った。
「この手紙は俺が書いている。おまえは俺の、邪魔をするな」
「お邪魔だった?」
女はキーボードから手を挙げて、
触ってません。
ホールドアップして見せて、足を組みかえた。
その足の蹴り上げかたは、おおげさで、
サーカスの空中ブランコ乗りみたいだった。

親分。

そういう女の姿を見て、俺は手紙を書くのが嫌になった。
俺を小ばかにしたような女の反応に
イラついたからじゃない。
そんな苛立ちは、微炭酸みたいなもんで、
ごくりと飲み込みさえすれば、すぐに消える。
問題は、そこじゃなかった。
女が俺を殴ったのは、別の部分でした。

親分。
この女は寓話みたいなやつなんです。

俺は目を閉じました。
女が見えないようにして、
この女のことなんか忘れて、
手紙のことを考えようとしました。
俺のなかのゲーム脳は
過去と現在をつなぐのが、うまい。
過去と現在を、
俺は、
レゴブロックみたく、つないだり、外したりできる。
俺のゲーム脳がほかと違うのは、ここです。
俺のゲーム脳はそういうゲームをする。
ちなみに、
俺のゲーム脳内のレゴブロックは、横っちょにもポチポチがついてて、
つないだり、外したりするのに便利っす。

目を閉じて、ブロックをあっちこっち
組みかえたり外したりしながら、
俺は手紙について考えました。
そして俺は気づきました。
こいつは永遠にこのままかもしれない、と。
永遠にこの女なんだと。
俺のゲーム脳が、
過去と現在をいくらつなぎ合わせ直しても、
この女はこの女でしかなかった。
こいつはずっとこの女。
俺たちが死んだあとも、この女はきっと、
この女だと思いました。

そうなんす。
親分。
手紙を書くはずの俺は、
手紙を書くために目を閉じたのに、
いつのまにか女のことを考えてました。

前にも話したけど、
それが俺にはちょっと怖いんす。
なぜなら俺は手紙だから。
俺は寓話じゃなく手紙だから。

女は寓話。
俺は手紙です。

「寓話と手紙。なにがちがうんだよ」
親分はそう尋ねるかもしれません。

いちおう言っとくと、
寓話ってのは、おむすびころりんとかとか舌切りスズメとか
イソップ物語とか、
パターンでなにかを伝えてこようとする話のこと。
AVなんかもそうだよね。
同じシチュエーションで、いろんな女優が
おんなじセリフで、
おんなじことする。
アノニマス。
そこには顔ってものがない。
必要ない。

おむすびころりんの主人公のじーさんが
どんな顔してるか
親分は、考えたことありますか。
どんな顔だったら正解か、断言できますか。
アノニマス。
そこには顔ってものがない。
根拠がない。
必要がない。

寓話ってのは閉じていて、
水に一滴垂らされた、油みたいなもん。
それはずっと浮かんでるんす。
混ざり合うことなく、溶けるつもりもない。
だけど消えない。
なんらかのかたちで、いつまでも残り続ける。

俺の見る限り、
たとえば死んだ人に書く手紙。
あれは手紙のようでいて、寓話でもある。
顔はある。
根拠もある。
けど、閉じている。
返事は来ない。

そしていつのまにかその手紙は、
ひとりごとに変わっていく。
書き手が年老いて、
その手紙のことを忘れても、
あるいはその書き手自身が死人になったあとも、
手紙だけは残り続ける。

「おまえは寓話だな」
目を開けて、
俺は女に言いました。

女はホールドアップのままでした。
女の腋毛が黒かった。
女はこたえました。
「半分は正解、もう半分は誤解よ」

この女はいつだってそう言うんす。
そういう女なんす。
けど、
この時ばかりは、
俺もそれを、半分だけ信じるほかなかった。

ところで親分。
ひとつ聞きたいことがある。

「信じる」っていうのは、
掛け算だと思いますか。
足し算だと思いますか。
割り算だと思いますか。

半信半疑ってのは、
掛け算にすれば小さくできるのに、
足し算にすると1になっちゃうんす。
割り算にすると、これもまた
こたえは1になるんだけど、
半分であるという事実が消える。

「あ、割り算だったらどうしよう」

女のことばを半分だけ信じた俺は、
ちょっと怖くなって、
女のことを、あらためて、
親分に相談してみようと思いました。

「ただいま」
みたいに聞こえるような声をもごもご出しながら、
その日、
親分は、いつもより早く仕事から帰ってきた。
頬が白っぽく青ざめて、目の下の皺が濃かった。

反動で飛び上がるくらい
大きくスプリングをきしませて、
親分は、ベッドに倒れ込んだ。

親分を目で追って、ベッドに振り返った俺が、
椅子から立ち上がりかけた中腰を、
まっすぐ伸ばすより早く、
親分は、いびきをかき始めた。
スーツのジャケットの裾がめくれて、
親分の腹が見えていた。
親分は、
朝着ていったはずのワイシャツを着てなかった。

今さら何言ったって、言い訳にしかならないけど、
俺があいつのところに行ったのは、
そういう親分の姿を目にしたってのも理由。
だからもしもこのことで、
親分に迷惑がかかるようなことがあったとしても、
それは俺だけのせいじゃない。

俺はあの女と違って、
手紙でありたいと思ってます。
俺は俺が書く手紙でありたいと思う。

だから、
俺が井戸に行くことにしたのは、
半分は俺だけど、半分は親分のせいだ。

(続きはこちらです)




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