短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(14) 欲望チラリズム
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俺は楽しいことが好きだ。
安心安全の適温ルームで昼も夜も明日も明後日も、何の心配もなく「がはははは」と笑っていられたらどんなにいいだろうかと思う。
しかしそのような夢はいまだ叶わず、そよ風よりはからっ風。
だから俺にはエンタメが必要だ。
俺たちにはエンタメが必要だ。
俺がかつてサピックスに通う天才少年だったころ、俺のエンタメ性は高かった。
親にとって俺はエンタメだった。
受験という祭りを舞台に華やかに踊る俺の姿に母親は熱狂、手を叩いて喜んだ。
しかし祭りは幕を閉じた。
このエンタメは終わった。
祭りはいつか終わる。
バブル経済だって崩壊したではないか。
けれど人間は強い。
ひとつのエンタメが終われば次のエンタメを見つける。
次は何だろうな。
ナショナリズムあたりかな。
「らんらら~」
AIお針子は、ガリラヤ倉庫ゴミ収集所でスキップしていた。
俺は幸せを探していた。
AIお針子が、俺の周りで「ひとりスキップかごめかごめ」していたからだ。
いついつ出やる。
いついつ出やる。
俺は籠の中の鳥として脱出のタイミングを計った。
が、このスキップ、速かった。
AIお針子、細い腕を大きく振り、細い脚を軽やかに上げ下げし、スキップスキップ。
小さな体の敏捷性を活かし俺の動きを封じていた。
俺は、ちょっと進んでは下がり、ちょっと進んでは下がる、のゼロイチを繰り返した。
どーん。
と、つき飛ばせば簡単だったろう。こんな小さな体なら、ちょろい。
それが一番簡潔な解決方法ではあったが、俺にはそれができなかった。
俺は鬼畜の手段はとらない。
「それができない」を選ぶプライドがある。
俺は考えた。
籠の中の鳥は考えた。
このセルを突破する方法を。
俺は、解決方法を見つけた。
「らんらら~」
と、俺も一緒に回ってみたのだ。
「らんらら~」
外側をスキップして回るAIお針子。
「らんらら~」
その内側をスキップして回る俺。
この作戦の理屈はこうだった。
口←この状態を、
回←この状態にして、次元を一つ増やす。
新しい世界を創る。
俺は元天才少年なので、こんなことはたやすい。
しかしてこの作戦は、功を奏した。
「らんらら~」
とスキップしていたお針子の足が、
「らんらら~」
と声を合わせてきた俺の声に、ぱたっと止まった。
「らんらら~」
それでもひとりスキップする俺を見つめ、
「らんらら~」
それでもやめない俺を苦々しく見あげ、俺の足に。
蹴りを入れた。
しかしちょうどその時、俺の体はスキップの「ジャンプ状態」にいたため、お針子のキックは空を切り、俺は無事着地。
俺は大人の余裕をぶちかまし、すっくと背筋を伸ばして立つと、お針子に、その敗北を知らしめた。
「はっはっはー!ざまあみろ!」
俺は高笑いが止まらなかった。
戦いに勝利した俺を見つめる敗者AIお針子の表情。
なんと心地よい眺めであろう。
震えている。
人形のように無表情だったその顔はゆがみ、小さな赤い唇を前歯で噛みしめている。
非常に、怒っている。
憤怒。
なんと心地よい眺めであろう。
あっぱれである。
「パクるな!」
AIお針子の甲高い声が、ゴミ収集所に響いた。
「パクるなパクるなパクるな!」
AIお針子が、かんしゃくを起こした。
「パクるなパクるなパクるな!」
とんがった爪先で、砂の詰まったゴミ袋を何度も蹴った。
砂がパンパンに詰まったゴミ袋に、AIお針子の爪先が刺さった。
お針子が爪先を抜くと、ゴミ袋は破れていた。
敗れた穴から砂が少しこぼれ出た。
もう少しこぼれ出た。
ゴミ袋の穴がわずかに広がった。
砂は一本の線となり床に落ち始めた。
そして滂沱の滝と化し滝つぼに小山をつくった。
小山はどんどん高くなっていった。
「これこれこれこれ」
別の声がして、振り向くと、いーだ課長が戸口に立っていた。
「ゴミ袋は蹴っちゃダメ」
優しく言いながら、お針子に近寄っていく。
「だってこいつがパクるんだもん!」
AIお針子が俺を指さした。
「パクリではない」
俺はお針子に告げ、いーだ課長に向くと、お針子を指さして言った。
「課長、不法侵入者を発見しました」
「違うもん!」
お針子が反論。
俺とお針子は、お互いを指さしたままにらみ合った。
「けんかしなーい。リスペクト、リスペクト」
俺たちの間に、いーだ課長が割って入った。
「仲良きことは、美しき事」
言いながら、俺たちの拳銃を、下ろさせた。
「エモ山君。悪いんだけどね」
いーだ課長は俺に言った。
「モップ取ってきてくれる?」
というわけで俺は無事、AIお針子のスキップから逃れることはできた。
なのに俺のハートの損得勘定カウンターは「損」の文字を示していた。
なぜならば、また掃除をしなければならなさそうだからだった。
AIお針子のせいで。
けれども俺は部下なので、いーだ課長の指示には従わなくてはならない。
ここで歯向かえば日給3万円がふいになる可能性がある。
いや、しかし就業時間は過ぎている。つまりこれは業務外。
「サービス残業め!」
ロッカーからモップの一本を取り出すと、残りのモップがカタンと音を立て斜めった。
「かわいそうな子たちなんだ」
ゴミ収集所で、いーだ課長は言った。
「この子たちはね」
俺はモップで砂を集めていた。
AIお針子の機嫌は直っていた。
「あたい、AIお針子」
人形の無表情に戻り、今はもう、いーだ課長の周りをスキップしている。「らんらら~」
「この子たちはね、現代社会の被害者なんだよ」
「らんらら~」
モップで集めた砂を、俺はちりとりに掻きこんだ。
「もともとは、普通の人間だった」
いーだ課長の話は続いていた。
「どこにでもいる、普通の人間」
俺は横目でお針子を見やった。
人形のようなお針子を。
「AIで絵を描き、歌を作り、物語を書いた」
俺はゴミ袋に砂を流し込む。
白いポリ袋にさらさらと砂が落ちていった。
「エモ山君、君は」
いーだ課長が言った。
「この仕事、どう思う?」
「え?」
俺は顔をあげた。
くっそ楽な仕事ですね。
俺は手を止め、いーだ課長に向いた。
「地味だけど、大切な役割だと思います」
「ははは」
いーだ課長が笑う。
「僕は30年やってるよ」
「30年?」
いーだ課長が、AIお針子を見下ろした。
「どんどん増えてきてねえ」
「らんらら~」
「この子たちが、悪いわけじゃないんだが」
「らんらら~」
「いつの間にか、って、かんじかな」
「らんらら~」
「吸い上げられてしまったんだ」
「らんらら~」
「なにかをね」
「らんらら~」
「おっぱいよ」
女の声がした。
いつのまにか、沼田ミソギが立っていた。
「お…」
俺の手からモップが離れそうになり、俺はハッシとそれをつかむ。
「やだわ。なんてふざけたことばなのかしら」
つぶやきながら俺の前に立つと、沼田の眼鏡の黒ぶちが、蛍光灯を反射した。
「つまり、欲望ね」
沼田の後ろでいーだ課長もうなずいて言った。
「いいね」
俺は沼田がなにを言っているのか、よくわからなかった。
沼田っていうのはいつもこういう話し方をする。
「あなたは」
沼田は俺に尋ねた。
「エロ画像が好き?」
俺は黙秘権を使うことにした。
隠したいことがあるとき、黙秘権は便利だ。
しかし同時に、相手にも伝わってしまう。
隠したいことがあるんだな、と。
「やだわ」
沼田が言った。
「いいね」
いーだ課長がうなずいた。
「“魅力的な女性を描け”というプロンプトを入れると、AIは、おっぱいの大きな女性を生成する」
沼田は俺を見据えた。
「なぜかしら?」
「それは…」
俺はまた黙秘権を使うべきか。
沼田は自分で答えた。
「そのほうが、確率が高いから」
首を傾げた俺に、いーだ課長が言う。
「人間が、その画像を選ぶ確率が、上がる」
「人間からリークされた欲望を、蓄積し、使い回すAI。『どういうものがクリックされやすいか』を学んでいき、」
「AIは、欲望地図をつくっている」
いーだ課長と沼田の息は、夫婦漫才のようにぴったりだった。
沼田が続けた。
「欲望地図のあちこちに、人間はピンを打つ」
「ピン?」
「テンプレの中から、『自分ごのみ』を見つける」
「はあ」
つまり?
どのおっぱいが一番好みかを選ぶってこと?
「とっても便利ね」
沼田が言った。
俺はうなずいた。
「だけど」
沼田が俺の目の前に、人差し指を立てた。
トンボを捕まえるときみたく、指をくるくる回した。
「それもまた、学ばれている。個人の好み、偏り、癖を学ばれている」
「なんとなーく、無意識に選んでるものから、AIは、どんどん学んでしまう」
いーだ課長の合いの手に、沼田がほほえんだ。
「人間は、なんとなーく、選んじゃう」
「で、なんとなーく、公開しちゃう」
俺に振り返った沼田は真顔だった。
「すると、恐ろしいことが、起こる」
恐ろしい顔をして、沼田が言った。
「あなたの欲望が、他者に可視化される」
「きゃ」
俺は胸に手を当てた。
「ひとつひとつは別の生成物。絵もあり歌詞もあり、小説も。それら個々の情報は薄くとも」
沼田が続けた。
「それらを重ねていくことで、見えてくる。見えてくる」
沼田が指をくるくる回す。
「欲望」
「…欲望」
俺はなんだか恥ずかしくなってきた。
「AIにつくらせっぱなすと、世の中に、勝手に公開されてしまうのよ。その人間の『建付け』が」
「建付け?」
「その人が、どんな人間かが、意図しないかたちでにじみ出てしまう」
「いいね」
いーだ課長がうなずいた。
「しかし」
俺は言った。
「AIに頼らず、自分の脳で絵を描き作曲し、物語を書く人間だって」
俺は頭を掻いた。
「自分の欲望を転化させていることに、変わりはないと思うんですが」
「いい質問だわ」と沼田。
「いいね」と、いーだ課長。
「それはね」
いーだ課長が言った。
「時間の違いだよ」
「時間?」
「僕は30年、この仕事をしている。迷い道くねくね。いろんなことが、あったなあ。何度も辞めようと、思ったなあ」
いーだ課長は照れ臭そうに笑った。
「でもさ、一日一日、続けてきての、今ここ」
「その意味で、日給3万円のエモ山君とは、違うのよ」
「別に、偉かあないけどねえ」
微笑を交わし合ういーだ課長と沼田の姿に、俺は二人の関係を邪推した。
「らんらら~」
AIお針子が、いーだ課長の周りをスキップしていた。
「ほんとうは怖いAI」
俺はお針子を見ながらつぶやいた。
お針子が、俺にメンチを切ってきた。
俺ももちろんメンチを切り返した。
「はー、あたい、おなかすいたなー」
AIお針子が、スキップしながら言った。
「おなかすいたなー。なんか食べたいなー」
俺たちをちらちら見ながら言った。
沼田はそれを見て、苦笑い。
「これでよければ」
肩にかけたバッグから、シウマイ弁当の紙箱を取り出した。
「食べかけだけど、どう?」
「わーい」
AIお針子が、沼田に駆け寄った。
他人の食べ残しを嬉々として食うAIお針子を、俺たち3人は、眺めた。
床にあぐらをかき、AIお針子は、シウマイをほおばる。
「おいちい。おいちい」
「なんでもよくなっちゃったんだな」
いーだ課長がぽつりと言った。
「わかんなくなっちゃったのよ」
沼田が答えた。
「着々と進んでるわ。『全人類AV男優化計画』が」
俺は沼田の横顔を見た。
黒ぶち眼鏡の奥の沼田の目は、なぜかうるんでいた。
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