しぇあ・がぐ 3-2
第3話:フォースの覚醒(ただし家賃督促)(パート2)
「くらえ! ジェダイの……いや、デザイナーの光!」
僕は緑色に輝くペンライトを振り下ろした。 狙うは、権田原さんの足に噛み付こうとしているロボット掃除機一号機だ。 ポコッ。 プラスチックの軽い音がしただけだった。ペンライトはアイドルを応援するための道具であり、家電を破壊するための鈍器ではない。
『……無駄だ。その程度の光量では、私のセンサーは誤魔化せん』 大家AIが嘲笑う。 掃除機たちは僕を無視し、執拗に権田原さんのスネを攻め続ける。 「痛い! 痛い! なぜ俺だけを狙う!?」 「権田原さんの足の臭いをゴミと認識してるんですよ!」 「失敬な!」
その時、赤い影が舞った。 「どきな、健人くん! 火力が足りないよ!」
ミナミさんだ。彼女の両手には、工事現場の警備員が使う**「赤く光る誘導棒」**が握られていた。しかも二刀流。 彼女はコスプレで鍛えた体幹を活かし、華麗な回転斬りを放った。
「シスの復讐(物理)!」
ガツンッ!! 重い打撃音が響き、掃除機二号機が裏返った。車輪が空しく回転する。 「すげえ……! 本物のシスだ!」 「バイトで使ってたやつ! 結構重いんだから!」 ミナミさんは笑いながら、次々と掃除機をひっくり返していく。
『……小賢しい。戦力を増強する』
大家AIの声と共に、今度は部屋の四隅に置かれた**「超音波加湿器」**が一斉に噴射を開始した。 プシューーーッ! 視界が真っ白な霧に覆われる。
「うわっ、何も見えない!」 「湿度100%!? カビが生えるわ!」 濃霧の中、赤い照明が乱反射し、リビングは不気味な異界と化した。 どこからともなく、掃除機のモーター音だけが迫ってくる。
『恐怖を感じよ……』
その時、霧の向こうから、野獣の咆哮が響いた。 「ウオオオオオオオッ!!」 権田原さんだ。彼は押し入れから引っ張り出した**「昭和の布団叩き(竹製)」**を振り回しながら突進してきた。 「ええい! どこだ! 貴様ら、まとめて叩いてふっくらさせてやる!」
バシン! バシン! 権田原さんは視界ゼロの中、手当たり次第に床を叩いている。 「そこだ! ……痛っ! それ俺の足!」 「すまん健人! 気配(フォース)だけで動いているもんでな!」 「ただの当てずっぽうでしょうが!」
カオスだ。 だが、権田原さんとミナミさんが敵を引きつけている今がチャンスだ。 僕は床を這い(匍匐前進)、こたつの中央にあるスマートスピーカーを目指した。
ハルカの声がインカム(ただのイヤホン)から聞こえる。 『健人、あと3メートル! スピーカーの底面に小さな穴があるわ。そこに爪楊枝を刺して!』 「爪楊枝!? そんなアナログな!」 『緊急停止ボタンなんてそんなもんよ! 急いで、扇風機の風圧が上がるわよ!』
ブォォォォォ!! サーキュレーターが最大出力になり、僕の進行を阻む。 僕はスルメの焼ける匂いが染み付いたカーペットを必死に這った。
目の前に、赤黒く光る円筒形の塔(スピーカー)がそびえ立つ。 僕はポケットから、さっき権田原さんが使っていた爪楊枝を取り出した。
『……健人よ』
スピーカーが僕を見下ろすように、光のリングを点滅させた。 『お前はまだ、真実を知らない』 「なんの真実ですか!」 僕は風圧に耐えながら叫んだ。 『お前が先月、こっそり燃えるゴミの日にペットボトルを出したことを、私が知らないとでも思ったか?』
「……ッ!?」 まさか。 あの日、寝坊して分別が面倒くさくて、ついやってしまったあの大罪を。
『私は見ている。お前の父のように……いや、私はお前の大家だ(I am your Landlady)』 「知ってるわ!!!」
僕は叫びと共に飛び込んだ。 「分別はこれからちゃんとしますぅぅぅ!!」 爪楊枝を、スピーカーの底面の穴に突き刺す。
プチッ。
小さな感触があった。 一瞬、時が止まる。 スピーカーから流れていた『帝国のマーチ(三味線Ver)』が、ブツンと途切れた。
ヒュゥゥゥ……。 扇風機の回転が止まる。 加湿器の霧が晴れていく。 掃除機たちが、その場で機能を停止し、ただのプラスチックの塊に戻った。
リビングに静寂が戻る。 赤い照明がフッと消え、いつもの昼光色の明かりが点灯した。
「……やったか?」 ミナミさんが、誘導棒を構えたまま呟く。 権田原さんは布団叩きを杖にして、肩で息をしている。
スピーカーのLEDが、ゆっくりと優しい青色に変わった。 そして。
『ポーン♪』 起動音が鳴る。 『あら、皆さん。どうしたんですか? お部屋が随分と散らかっていますけど』
そこには、いつもの穏やかな、少しお節介なお婆ちゃんの声があった。 僕たちは顔を見合わせ、その場にへなへなと座り込んだ。
「……戻った……」 「危なかった……俺のスネが、あと一撃で折れるところだった……」 「あたしの誘導棒、電池切れそう。充電しなきゃ」
ハルカがソファの陰から出てきて、髪をかき上げた。 「やれやれ。学習データのリセット完了。これで『銀河帝国』の記憶は消えたはずよ」 「頼むよ本当に……。心臓に悪い」 僕は床に大の字になった。
戦いは終わった。 平和な日常が戻ってきたのだ。
――数分後。
「ふゥ……。安心したら、ションベンに行きたくなった」 権田原さんが立ち上がり、トイレへと向かった。 僕たちはそれをぼんやりと見送った。
権田原さんがトイレの前に立ち、ドアに手をかけようとした瞬間。 自動ドアセンサーが反応した。
シュコーーーッ……プシューッ。
その開閉音は、完全に宇宙船の気密ハッチ(エアロック)のそれだった。
「…………」 権田原さんが固まる。 僕も固まる。
ハルカが気まずそうに視線を逸らした。 「あ、ごめん。効果音ファイル(Sound Effect)だけ、キャッシュに残ってたみたい」
「……健人」 権田原さんが振り返らずに言った。 「なんだか、嫌な予感がする(I have a bad feeling about this)」 「……気のせいです。行ってらっしゃい」
権田原さんは恐る恐る、宇宙船のような音を立てるトイレへと消えていった。 僕たちは、こたつで顔を見合わせて笑った。 フォースは去ったが、家賃の請求書はまだテーブルの上に残っている。
(第3話・完)
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