新卒無職:大学卒業後、新卒入社を選ばなかった人たち
大学卒業から早1年と2ヶ月。
僕らの学年は社会人2年目と呼ばれるようになってしまった。
一方、自分。未だ定職がない。
自分で勝手に「ギャップイヤー」と名乗っているものの、
このギャップは、何と何の「ギャップ」なのだろうか。
果たして、次のステップに進むときは来るのだろうか。
そんな不安がつきまとう。
大学卒業の段階で、僕は新卒無職となってしまった。
自分が想定していた大学卒業の一歩目とはかなり違う。
しかし、当時の自分には他の選択肢が選べなかったのだ。そうせざるを得なかった理由はここでは省略するが。
とあるニュースが目に入った。
2025年春に卒業を予定する大学生を対象とした、文部科学省と厚生労働省の調査によると、大卒就職内定率は92.6%に達したらしい。コロナ前を超えたということで少し話題となっていた。
「内定」であるので、実際に就職したかは定かでないが、これだけのマジョリティが新卒入社を目指しているのだろう。
当然、自分のような人への記述はない。
逆に内定を持っていない、自分のような人が「7.4%」にもいるのに。
この数字は決して多いとも言えないかもしれない。
だが、自分にとっては「思ったよりも多い」というのが印象であった。
「新卒入社が当たり前。」
その考えに批判的な同世代は多いが、ほとんどがその違和感を持ちながら、就職という道を選んでいる。
僕自身、在学中から多くの社会人の先輩方に相談させて頂く機会があったが、「就職をしない」生き方を教えてくれる人はほとんどいなかった。
実際、自分自身も「ちゃんと生きれているか」と言われたら甚だ疑問である。
明日を憂いつつも、食うために稼ぎながら、何とか生きている、というのが実情だ。
決して胸を張れるようなものではない。
現時点で、大学生の後輩に相談にこられても、「就職した方がいいよ」と言わざるを得ない。自分のような選択はあまりにリスキーだ。
けど、僕はたしかに、ここで生きている。
「当たり前」という価値観はどこか寂しい。
まるでそうでないことがおかしなことであるかのような排他性を、外部の人間としては感じてしまう。
当たり前の対義語ってなんなのだろう。
調べてみると、1番上に「有り難い」と出てきた。
まるで「当たり前である」ことに感謝をしろと言わんばかりの、なんとも奇妙な言葉である。
有り難い自分。
しかし一方で、そこには確かに存在している。
加えて、僕の友人には少なくとも5名ほど同じような境遇の人々がいる。
すると、決して珍しくもない気さえしてくる。
彼ら彼女らもまた、大学卒業後、何をしているのか、何をしたいのか、あまりよく分からない。
そして、人に何かを伝えられる、先輩というような存在ではないかもしれない。
しかし、そこにも確かに存在している。
当たり前ではないかもしれない僕ら。
とりあえず、生きているということだけでも知ってもらえたらいいな。
そんなことを考えながら、先日、ふと本屋さんへ立ち寄った。
ふらっと「就職・キャリア」のコーナーをみてみると、やはり、自分のような境遇の人達に向けられた本はあまりないことに気づいた。
しかし、その中で、このような書籍を見つけた。
キャリアブレイクとは、働いている人が自発的に一時的に仕事を離れることを指します。理由は多岐にわたり、育児、介護、留学、スキルアップ、リフレッシュなどがあります。期間は数ヶ月から数年に及ぶことが多く、休職や退職後に再就職を目指す場合も含まれます。近年、ワークライフバランスや自己実現を重視する動きの中で注目されています。
それは、どうやら北欧などではスタンダードな概念らしく、ギャップイヤーにも近い考え方らしい。
日本では履歴書に空白ができることは「無職」のように扱われ、世間的な見方がかなり気にされる。
しかし、キャリアブレイクと言われると、どこか耳心地がよい。
これがカタカナ言葉の力なのだろうか。
しかし、ここにも僕は含まれていないことに気づいた。「学生」と「キャリア」のギャップに存在してしまうからだ。
では、自分で作ってみよう。
アイデアという程ではないけれど、そんな考えが頭をよぎった。
さすが暇なだけある。
半日にして、簡易的や出版企画書を作成させた。
【出版企画書】
▼概要・企画背景
「大学卒業後、就職しない選択肢をとった人々(新卒無職、ギャップイヤー、フリーター)」を対象にし、インタビュー等で事例紹介も加えながら、そのような人々の現状を明らかにするものです。背景としては、「大学卒業後、新卒入社」というレールが当たり前のものとされている一方で、そこに違和感を持つ人々も多くいることが明確にあります。昨今は若手の早期退職も社会問題の1つであり、退職代行の利用者も増え、若手のキャリア観が揺れ動いていることを描いた書籍も多くあります。その中で、本書籍は「大学にも企業にも属せていない何者でもない人々」を対象にしています。昨今「キャリアブレイク」という言葉も広まりつつありますが、そこにも属していない人々です。「第二新卒」などの制度も整いつつあるものの、そもそも日本では「大学卒業後、ギャップイヤー期間をとる」という選択肢に対する風当たりも明るくなりません。同調圧力、アイデンティティ、キャリア、マイノリティ、モラトリムなど社会学的な領域において、学術的な意義もある書籍を想定しています。
▼プロフィール
石川航大(いしかわ こうだい)
愛知県出身。高校中退後、高卒認定試験を経て同志社大学へ進学。社会学部を卒業後、ギャップイヤー期間をとっている。現在はメディア・出版関連でいくつか仕事をしながら、進路を模索中。Forbes JAPAN編集部インターン。
▼類書情報
『仕事のモヤモヤに効くキャリアブレイクという選択肢 次決めずに辞めてもうまくいく人生戦略』
『新版 就職しないで生きるには』
『「働けない」をとことん考えてみた』
▼対象読者
◯現役大学生(特に進路に悩む層)
学歴社会にもぼんやりと違和感を抱えてきた。周囲が就活に励む中、自分に居場所などないの
ではないかと焦っている。バイトやインターンを頑張った経験もろくにない。病気の診断は受けていないけど、様々な生きづらさを感じる。
◯新卒一括採用を疑問視する社会人・第二新卒層
一旦就職したもののすでに辞めたい、退職代行を使おうか迷っている。キャリアに漠然とした不安感がある。
◯若手のキャリア教育や進路指導に関わる教育関係者
◯社会学(労働、キャリア、マイノリティ、アイデンティティ、モラトリアム等)に関心を持つ読者
▼構成(仮)
◯はじめに :なぜ「新卒入社」が当然とされてきたのか?
◯第1章:新卒入社を選ばなかった人々の実像(数名のインタビュー)
◯第2章:キャリアの多様性とアイデンティティの形成
◯第3章:無職、フリーター、ニートを許さない社会
◯第4章:「ギャップイヤー」という発想のない日本社会の盲点
◯第5章:進路に悩む現役大学生へのメッセージ
◯おわりに:これからの「働く」を考える
実にあまあまな企画書だ。
これから加筆を前提ではあるが、ひとまずつくってみた。
では、なぜ書籍なのかというと、書籍が僕にとって多少関わりやすい領域だからである。
コミュニティやアカウント作りも考えたが、いまいち気が乗らない。
一方、書籍制作には今も3つほどの企画に関わっているのもあり、勝算はなくはないのではないかと考えた。
目指すは「商業出版」!
とは言いたいもの、ZINEや自費出版として、自分たちが生きた痕跡を残す、というのも十分意義があるのではないかと考えている。
ではこれからどう動こうか。
ひとまず、たまたま、本を書いたことがある人や書籍編集者の知り合いが数人いたので、簡単に聞いてみることにした。
それに、親和性がありそうな出版社数社に企画を持ち込んでみるのも面白そうだ。
他にも、今は「note 創作大賞 2025」がちょうどやっているので、そちらにエントリーしてみるのも1つの案として面白い。
とりあえず少し色々やってみよう。
当たり前でない自分。
自己紹介で困る自分。
家族に後ろめたさを感じる自分。
友達と微妙に話が噛み合わない自分。
そんな自分も、ここで精一杯生きているのだ。
もし本企画に興味を持った同世代や、書籍制作に関わっている方がたまたまいらっしゃれば、僕の方に連絡を頂けると嬉しいです。
追記:先日、「高等遊民」という言葉に出会った。明治時代から昭和初期あたりに流行った言葉らしく、本noteで扱っている人々と似た要素が多くあった。
「高等遊民(こうとうゆうみん)」とは、もともと明治・大正時代の日本において、高等教育を受けたにもかかわらず、定職に就かずに生活している人々を指す言葉です。主に大学卒業者など知識層の無職者に対して使われました。
この単語に興味が湧き、『近代日本の就職難物語:「高等遊民」になるけれど』を読んでみたが、面白い分析だった。自分のようなアウトサイダーというか、社会から外れたというか、そういう存在は世代を超えてもいるのだなと勇気づけられもした。現代における、この領域をますます関心を高めていきたいと思った。
また、本書で紹介されていた映画『大学は出たけれど』も観てみた。11分の短さではあったが、就職難の昭和初期の様子が垣間見れて面白い作品だった。現代版のこういった映画も見てみたいな。
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