#シロクマ文芸部 もう一人の僕が笑う街~短編小説~
小牧幸助さんのお題で書きはじめる企画「シャボン玉」に参加です。
締切は4/8(水)23:59だそうです。よろしくお願いします。
※この物語はフィクションです。
シャボン玉。
それは、光を閉じ込めた小さな世界だった。
日曜の午後、陽向(ひなた)はベランダでひとり遊んでいた。
透明な膜が風に乗ってふわりと浮かぶたび、胸の奥がちくりと痛む。
その感覚の理由は分からなかった。
ひとつ、ふたつ、三つ。
連続して吹いたシャボン玉のうち、一番大きなものが風に逆らって空中にとどまった。
沈まず、ただ静止している。
陽向は目を凝らした。
虹が揺れるその丸い表面の奥に、かすかに形が見える。
ビルの影、車の動き。
そこは、小さな街だった。
驚いて目を近づけると、街の中にひとりの少年がいた。
自分によく似ている。
けれど、髪の色も服の趣味も少し違う。
笑い方も、どこか大人びて見えた。
「……もしも、もうひとりの僕?」
そうつぶやいた瞬間、シャボン玉が内側から強く光り出した。
次の瞬間、陽向の身体がすうっと吸い込まれる。
気がつくと、彼はミニチュアの都市に立っていた。
ざわめく通り、遠くに海。看板には〈ヒナタタウン〉と描かれている。
その街では、みんなが迷いなく生きていた。
夢を叶えた人たちばかりだった。
自分そっくりの少年は、友人たちと楽しげに笑い合いながら画材を抱え、絵を描いている。
それは陽向があきらめた夢。
画家になるという夢だった。
「どうして、君は描いていられるの?」
陽向は尋ねた。
もうひとりの僕は筆を止めずに言った。
「怖くなかったからじゃない。ただ、怖くても描きたかっただけさ」
その言葉を聞いた瞬間、風が吹いた。
街を包むシャボン玉の膜が揺れ、都市全体がざわめきとともに滲みだす。
色が流れ、形が溶ける。
「待って! まだ話が!」
陽向は叫んだが、声は泡に吸い込まれ、世界は弾けるように消えた。
気がつくと、元のベランダに戻っていた。
手の中には濡れたシャボン玉の棒だけが残っている。
空にはひとつ、泡が夕陽を映して漂っていた。
陽向はそれを見上げ、小さくつぶやく。
「怖くても、描いてみようか」
シャボン玉は静かに弾け、光のかけらだけが風に溶けていった。

~ 終 ~
いいなと思ったら応援しよう!
あなたの応援が、私の毎日の創作の原動力になっています。最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。いただいたサポートは、書籍の購入など、これからの活動に大切に使わせていただきます。みなさんのおかげで、毎日noteを書くことが楽しみになっています。