#シロクマ文芸部 灰の空に咲く色~短編フィクション小説~
小牧幸助さんのお遊び企画「待ち合わせ」に参加です。
締切は2/18(水)23:59だそうです。よろしくお願いします。
色を忘れた世界。
ある朝、公園で出会った青年が、手のひらから色を配り始める。
そして、少しずつ心が、世界が、水彩のように滲みはじめる。
※この物語はフィクションです。
灰の空に咲く色
待ち合わせの場所は、公園の中央にある白いベンチだった。
ただ、その「白」は雪のようではなく、空気に溶けた灰色だった。
街全体が絵具を忘れたように無彩色で、空も、樹も、人々の顔も、すべて同じ色で塗りつぶされている。
時計の針だけが、淡々と音を刻んでいる。
「時間だけは、生きている」と思った。
それが、この世界で唯一動いているもののように感じられた。
私がいつ、誰と待ち合わせをしているのかも分からない。
ただ、胸の奥にほんの微かな予感があった。
何かが変わる。
そんな気配だけが、透明な風のように近づいていた。
そのときだった。
ベンチの向かい側に座る青年がいた。
いつからそこにいたのか、思い出せない。
黒髪も服もこの街の一部のように色を失っているのに、なぜだろう。
彼の輪郭だけは、淡い光を纏っていた。
青年は手のひらをひらき、小さなガラス瓶を取り出した。
瓶の中には、色が入っていた。
言葉では言い表せない、呼吸のように柔らかな光の粒。
それを彼はひとつ、ベンチの脇に咲いた名もない花に振りかけた。
瞬間、花びらに淡い桃色が宿る。
私は息を飲んだ。
色がある。
こんなにも静かで優しいものだったなんて。
青年は瓶を見つめたまま、微笑んだ。
そして次に、空にほんの少し青を混ぜるように、その光を指先で散らした。
灰色だった空に、ひとかけらの水色がにじんでいく。
それはまるで心の奥に水が流れ込むようだった。
私は彼に問いかけようとした。
けれど声が出なかった。
ずっと使っていなかった言葉たちは、眠りすぎた筋肉のように動かなかった。
それでも心の中で尋ねた。
あなたは誰?
彼は答えなかった。
けれどその沈黙が不思議と暖かかった。
やがて、公園の噴水近くで遊んでいた子どもたちにも、微かな赤と黄が滲み始めた。
笑顔の色。
温度のある光。
人が人らしく戻っていく音が、世界中に広がっていった。
ふと気がつくと、私の両手にも色があった。
かすかに桜色の血が通っている。
それを見た瞬間、胸の奥で何かが砕けて、涙がこぼれた。
ああ、泣くというのはこんな色だったのか。
頬を伝うしずくが、昼の光を受けて虹のように光った。
青年は立ち上がると、もう一本の瓶をベンチに置いた。
ラベルには、言葉が書かれている。
「想い出色」
それを拾い上げたとき、ふと問いが浮かぶ。
この待ち合わせは、最初から私とこの瓶とのものだったのかもしれない。
忘れていた心と再会するための。
風が吹く。
青年の姿は、もうどこにもなかった。
けれど空は完全な青を取り戻し、遠くで鳥が鳴いた。
世界が、水彩のように滲みながら息づいている。
私は立ち上がり、瓶を胸に抱く。
そして思った。
次の約束は、この色を誰かに手渡せるような自分でありたいと。
~ 終 ~
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